story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

山陽電車二題

2020年01月21日 22時39分46秒 | 小説

*ダイヤ改正*
1108月見山山陽3615

深夜の三宮からの電車
冷たい照明の車内に僕は君と並んで座る

ロングシートの乗客はまばらで
僅かな乗客は誰もみな
一日の疲れに倦んだような表情を見せ
押し黙る

「次は東須磨、東須磨」
車内放送での車掌の声も心なしか投げやりだ

「うん?東須磨なんて停まったかな」
君は僕の肩から体を起こし不思議そうな表情を見せる
「そういえば、今日からダイヤ改正で停車するようになったんじゃ・・」
「そっか、ダイヤ改正か」
そう呟くと、君はまた僕の肩に頭を乗せる

電車のダイヤが変わろうが何だろうが
僕は、今日もまたこの電車に乗って君と家に帰る
二人で住む垂水の丘の上だ

トンネルを抜けた電車は
昨日まではかなり加速して通過した駅に
ゆっくり進入して停車する

また君は僕の肩から頭を離し
「停まるの、なんかへんやね」という
電車が駅に停車して
何人かの乗客が降りていく
「あの人たちはこの電車が停まって便利になったんだろうね」
すると君は僕のほうを一瞬見た
「他の人が便利になってもアタシがメンドクサイ」
すぐにまた僕の肩に頭を乗せて
寝息を立てる

もし、できるなら
東須磨一個の停車だけではなく
全部停まってついでに大回りしてくれないか
この電車

エス特急だって??
何のエスだよ・・
スケベのエスか、空ているエスか
それとも、スペシャルのエスか・・

どうでも良いから
この電車に乗っている時間を
せめて明日の朝まで伸ばしてくれないか
電鉄会社殿・・

だが、僕の願いもむなしく
電車は坂を登る

いつまでもこうしていたい
僕の左肩に乗った小さな頭の感触を
楽しめる時間は
海辺の松林(のはずの真っ暗な森)を抜け
漁火が見えるはずなのに自分たちの顔が
向かいの窓に映るだけの深夜の電車が走っているときだけ

この坂を登ると終わってしまう
僕のささやかな楽しみ

すうぅすうぅ
君は僕の左肩で寝ている
あと数十秒の
僕の楽しみ



*大蔵谷駅*
0111大蔵谷駅夜景モノクロ


ここ、どんな意味があるゆうねんよ
わたし一人、ずっと待たせて

短い冬の日は暮れて
簡素な木のベンチに腰かけていると
スラックスの薄い布を通り抜けて
冷たさがしみ込んでくるんよ

後ろをJRの列車が走り抜ける
前を山陽の電車が轟音とともにかけていく

電車が通らない間は
駅の前の国道を走る車の音

たまに
お客のあまり乗っていない普通電車がやってきて
何人かのお客をおろしてまた出ていく
降りたお客は
私のことなんか気にも留めずに
さっさと駅の陸橋を超えていく

ね、あなた、どうして私にここで待てと
ゆうたんよ

ラインで呼びかけても既読にもなんない
メッセンジャーもショートメールも
早く来て、寒いの・・
って書いたのに

普通電車が来るたびに
明るい車内から
あなたがペコペコ謝りながら
降りてくるはずだと思ってるのに

座っていてもお尻が冷たくなるだけで
仕方ないからちょっと立って
ホームの柵際に立ってJRの線路を眺めてみた

今日は満月か
きれいやんね、大きくて真ん丸で
このお月さんが見えただけでも
儲けもん・・かな?

彼女をこんな寂しいとこで待たせたアイツ
何考えてんのやろ

強い光を先走らせて
JRの電車が突っ走っていく

そのすぐあと、
向かいのホームに普通電車が入ってきて
あたりに明かりをまき散らした後
すぐに発車していく

「待ち人来たらず」で帰ろうか
次の上り普通で・・
そう思った時

向かいの改札口で手を振る姿が見えた
あいつだ・・
改札を抜けて走ってくる

もう帰るんやから
そない、決めたんやから

そう私は自分に言い聞かせ
陸橋の降り口を見ていた

「ごめん、ごめん」
叫びながらアイツが降りてくる
「仕事でトラブって、そのまま会社のクルマでそこまで来てん」
謝りながら可愛い笑顔
許してやらないんだから

そう思うと涙が出てきた
「ごめんごめん」
強い光が私たちを包む

JRの快速電車が真横を通過する
私は彼の腕に抱きとめられていた

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする