story・・小さな物語              那覇新一

小説・散文・詩などです。
那覇新一として故東淵修師主宰、近藤摩耶氏発行の「銀河詩手帖」に投稿することもあります。

夢と夕陽と海

2007年02月04日 16時46分01秒 | 小説

風が強く、波頭が白く、海の色が濃く・・
僕は、風に逆らって海岸に出ようとしている。

海岸に出たところで何もないのだ。

そこにあるのは僅かばかりの砂浜とテトラッポットと
そして、打ち寄せる波だけだ。

それにしても、少し離れた街中では
ほとんど感じることのない風が
どうして海辺では、こんなにも・・僕を押し戻すほどに
強くて冷たいのだろう。

そこにあるものを僕が見ることを、
海が拒んでいるようにしか感じられない。

やっと砂浜に出た僕は
今度はテトラポットで砕け散る波しぶきを
頭からかぶることになる。

それでも、砂浜に立ちたい。

それでも、ここから夕陽を眺めていたい。

夕べの夢はなんだったのだろう。

良平よ・・
どうして、今ごろ夢に出てきたのだ。
おまえは夢の中で、僕にこう言った。
「生きるのが嫌になった」

良平よ・・
おまえはとうに、自ら油をかぶって火をつけたではないか・・

もしかしたら良平よ・・
あれから25年・・
おまえは、また同じ事をしてしまったのだろうか・・
いや、そうなってしまいそうなのだろうか・・

人は、生まれて死にを繰り返すという。
もしかしたらおまえは、次の生をまた、自ら終えようとしているのだろうか?

良平よ・・
多分、この世に戻っているとしたら別の名前で呼ばれているだろうおまえよ・・

おまえは、その苦しみへの投げやりを・・
永遠に解決できないのだろうか・・
それとも、解決が出来そうだから僕に救いを求めているのだろうか・・

夢の中の僕は
また学生に戻って、何かを一生懸命に学ぼうとしている。

そして、その一生懸命に何かを学ぶその思いは
今の僕の今の思いと同じ物だ。

夢の中では僕に大きな影響を与えて、
いろいろなものを僕に教えてくれて、
そして自分自身もきちんと楽しんでいたあの女性が
やはり僕に
何かを教えようとしてくれていた。

そこへ唐突に現れた良平よ・・
おまえへの思いを僕は今でも自分が強く持っていることを不思議に思う。

冷たい風の中、10分も立っているとそれだけで身体は芯から冷えていく。
それでもここに居たい。
あの夕陽が沈みきるまでここに居たい。
それを見たところで何かが変わるわけではなく、
それを見たところでいつもと何かが異なるわけでなく、
それでも僕はそれを見たいのだ。

太陽はもう、何億年もこうして毎日この海の向こうに沈んでいくのだろう。
そして、そこから毎日、星や月の時間が始まるのだろう。
その間の、昼の色から夜の色へと移り行くそのすべてを
眺めることが出来る場所は少ないと思う。

そして、そのすべてを眺めることの出来る場所が
自分の住んでいる町のすぐ近くの海辺であることに
僕は素直に感動もする。

だからこそ、こうして贅沢に海や空に語り掛ける時間を
日常の中に作り出すことが出来る。
・・それでも、悲しみを海に捨てるなどは到底出来ない。

僕にとって悲しみとは人生の一部であり、
自分が通過した印のひとつでもあるのだ。

悲しみを消すなどということは僕には出来ない。

良平よ。
いや、おまえだけではなく、すべての僕より先に逝った友人たちよ。

病気や事故で亡くなった友人は僕にはまだ少ない。
先に逝ったものたちは、その多くが自ら命を捨てた人たちだ。

人生を全うするとはどういうことなのか・・
生きると言うことは、どんな苦しみを乗り越えてでもそれを優先させねばならぬのか・・

自ら死を選んだ君たちは
果たして人生の敗者なのか?
それとも、いずれ生まれてくる命なれこそ、そう言う正しさもあるべきなのか?

ああ・・
それでも僕は生きたい。
生きて生きて、もうこれ以上は自分の生命の灯火が続かないところまでは
生きぬいてやりたい・・
僕は、今でもそう信じている。

大自然の作り出す雄大な映像を見て、
自分がちっぽけな存在であると認識するなんて嘘だ。
少なくとも僕はそう思う。
けれども、
僕が信じることが出来るのは、
生きようとする限り、僕を守る大きな力のあることを
生きようとする限り、僕を信じて見てくれている大きな力のあることを・・

それを僕は、いや、人は、
太陽にその力を見るのかもしれない。
太陽が沈むその瞬間の、あのやわらかで大きな暖かさの中に
自分を守ろうとする意思のあることを、
人は本能的に知るのかもしれない。

思えば、この海岸で今の僕と同じように夕陽を見つめる人間は
過去数千年はいただろう・・
この町の、先住民の、その人たちの中にも
必ず、こうして海を見つめる人がいたことだろう。

先人よ・・
教えて欲しい・・
僕等は人間は進化したのか?
あなたたちが居た時代に比べて、僕等の時代の人間は
悩みや苦しみが小さくなっているのだろうか?

先人よ・・
教えて欲しい・・
良平や僕のほかの友人たちのように
あなたの時代に、
自ら死を選ぶ人は居たのだろうか?

良平よ・・
僕には生きるということが、他の何より大切なものとして見えているのだ。
良平よ・・
僕は声を大にして
生きる意思をはっきりさせてやりたいのだ。

おまえが昨夜の夢に僕に投げかけた課題は
これで答えになっているだろうか?
いや、答えになっていなくても、
僕にはこれでしか、答えの出しようがないのだ。
僕にはこれが最高の答えなのだ。

見てくれ・・良平よ。
待った甲斐があったというものだ。
今、まさしく夕陽が沈む。
今、まさしく、海の向こう・・はるかな山脈の向こうへ
夕陽が沈む。
生きるのだ。
生きることが僕なのだ。
冷たい風に逆らって、
冷たい世間に逆らって、
それがドンキホーテのような滑稽さであったにしても、
それが道化師のように周りに失笑をばら撒くだけであったにしても
それがそのまま赤っ恥のように見えたとしても・・

僕は生きるのだ。
良平よ。
聞いてくれ・・
いや、大切なほかの友人たちも聞いて欲しい・・
僕は生きる。
少なくとも、君らが生きぬけなかったこの世界の薄情を
逆にこちらが足蹴にしてでも
生きぬいてやる・・
これが僕の君らへの思いなのだ。

太陽よ・・
向こうに沈むそのときに、
どうか僕のこの思いを、友達たちに伝えてくれないか・・
何千、何万の・・あるいは何億の人間や獣たちの思いを
向こうまで持っていってくれないか!

ふっと気がつくと、
そこは藍色の空の下。
冷たい風は更に冷たく、波頭はさらに白く・・
波の音はいっそう激しさを増し・・

僕はようやく気分が落ち着くのだ。
良平よ。
また会おう!
いつでも、夢の中にやってきてくれよ!

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