ブログ 古代からの暗号

「万葉集」秋の七草に隠された日本のルーツを辿る

伏見稲荷神符2 餅と国譲り

2009-09-13 11:09:35 | 日本文化・文学・歴史
今回の暗号解読は絵解きですが、表題にした「伏見稲荷神符」を見たことがある
方、知っているという方はほとんどいないのではないかと思います。この神符の
絵解きに入るのは少し先ですが、大変面白い絵柄なので伏見稲荷神符をお目にかけ
ましょう。

この神符の絵解きは伏見稲荷神社を知らなければ出来ませんので『山城国風土記』
逸文として伝わる伏見稲荷神社の鎮座縁起から始めます。

  昔、秦中家忌寸(はたのなかつえいみき)らの先祖である伊呂具が、稲を積み
  上げるばかりに富裕であったが、富に奢り、餅を的として矢を射たところ、餅
  は白鳥と化して飛び去り、山の峰に留まった。そこに稲が実った。この社を
  稲荷と呼ぶ謂われである。
  ところがその子孫は、前の伊呂具の行為の非を悔い、その社の木を根こじて家
  に植え斎き祀った。今でも、その木を植えて、枯れるとその家に福がなく、こ
  れが根ずくと福があるという。
  「木を抜き植えた」という話は稲荷社のその後に「験(しるし)の杉」という
  習俗が生じ、人々は稲荷社の杉を根こじて持ち帰り、家に植えて福を願った。

この説話は「餅を稲霊と考え、餅を的としたため、穀霊が逃げ去り、土地は荒れ、
その家が衰えたのを、子孫が悔いて稲荷神として祀ったので、その氏はもとどおり
富貴となり、その司祭職となった」というのが定説だが、この解釈では<白鳥>が
なぜキーワードにされたのか納得できない。
これまでの暗号の解き方のルールに従って、別のメッセージが隠されているのでは
と疑って考えた。

この説話を <山城に居住した秦氏に係わる伝承である>
      <餅を的とした>
      <矢を用いた>
      <餅が白鳥に化した>
      <秦氏の子孫が祖先の非を悔いた>
      <杉を斎き祀る>
などに分解してみると、最も強く訴えていることは<昔、秦氏の祖先が*を的に射
た(滅ぼした)。しかしその子孫はその非を悔い*を稲荷神として祀った>と解釈
できるように思われる。

次に*印であらわした<餅>が<穀霊>とされ、稲荷社の祭神<宇迦之御魂大神>
であることは疑いようのないことだが、穀霊を祀るのになぜ<杉>を植えなければ
ならないのか?その理由があるべきではないか?
 説話では餅が白鳥に化したと述べているが、<白鳥>が七草の暗号のキーワード
と同様であれば、<新羅城>マイナス<城>イコール<新羅>となる。
では白鳥になる前の餅は何なのだろうか?餅としなければならない理由があるはず
と、餅のイメージを書いてみた。

 <白い><丸い・輪><望月・満月><杵でつく><鏡餅>まで書いてアッと思
った。<杵でつく>とは<杵築大社>を指しているのではないか?と。
杵築と名づけた由来を、『出雲国風土記』には

 「八束水臣の国引き後、天の下造らしし大神の宮をを造るため、諸の皇神等、宮
  処に参集し杵築き給き」

と記す。では餅(穀霊・杵築大社)が白鳥(新羅)に化したとは何を意味するのだ
ろうか?すぐに思い浮かんだことは、杵築大社の創建に係わり記紀で語られる
<国譲り神話>

 「大国主命が葦原中つ国を天つ神に奉献する条件に天つ神の宮殿と同じ宮殿を造
ってもらい、その宮に鎮まった」

であった。この神話で、天つ神の使者として登場しているのが天穂日命(あめのほ
ひのみこと)で現在の出雲大社の祭祀者である出雲国造千家(せんげ)家の始祖
であるが、<国つ神である出雲の大国主命を天つ神である天穂日命が祀っている>
という矛盾は、<餅が白鳥に化した>という稲荷縁起と一体のものではないかと思
われる。 
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