後で判ったことだがジャックは既にフィラリアに冒されていた。症状としてはそう重
いようには見えなかったが時折、ハーハーと苦しそうな格好をすることがあった。Y
さんは病院へも連れて行ったが血液検査をする限りフィラリアの幼虫は見えず『何
度か検査しないと判断はできん』と医者は言う。
フィラリアは正式にはミクロフィラリア、豚が多い所では発生率が高いらしく源は豚
かもしれない。フィラリアの幼虫はミクロサイズで犬の血管の中に住みつき栄養分
を吸収し成長するとラーメン大で長さは三十センチにもなると言うから育成度はす
ざましい。初期のころは経口薬を蚊の出る頃から秋まで与え予防することができる。
この時点では幼虫は蚊が吸える大きさだから顕微鏡でなければ見えない。しかし
成長するに従いそれは心臓に集まりやがては血液の流れを妨げるようになってい
く。犬が激しい運動をすると心臓の鼓動が大きくなる。虫はその中で動こうとする。
結果は歴然としている。
外から見た症状ではクシャミをし出すと軽い症状とされるが必ずしもこんな風には
ならない。成虫を殺すには手術をして虫を取り出す方法はあるが危険が大き過ぎ
現実的には困難、別の方法は成虫を殺す注射がある。この方法も危険で一発勝
負、成虫が暴れ心臓麻痺を起こす可能性が高い、死んだ成虫が血液の中で溶け
る時に犬がそれを吸収し切れるかの問題がある。最後の治療として注射を打ち死
んだ犬は沢山いる。
蚊は血を吸う時に一度、吐き出す。もし以前に吸った血の中にフィラリアがいれば
その時、犬の体内に入る。蚊にかまれない予防として周波音を出す発振機を据
え付ける(音が蜻蛉の羽音に近い周波数音で蚊が寄って来なくなるとあるが余り効
き目はない)、黄色の虫避け電灯をつける、香取線香をたく、などがある。今、飼っ
ているビーグルの『小丸』は昨年の夏にフィラリアにかかり死の淵から生還した犬
だ。大体、夏に体力が落ちた後で具体的な症状が出てくる。散歩に連れて出ると
直ぐに息苦しそうにハーハーとする。収まるのに段々、
時間がかかるようになる。気付いたらどうもフィラリアに間違いなさそうだ。
その内、いつもはピョンと上がる所さえも自力で上がれなくなり食欲はゼロ、ハーハ
ーと苦しそうで見ておられない。医者に相談したが打つ手はなく、自分の方から『注
射で治療して下さい』と申し出た。この医者とは酒を何度も交わした中だし『注射』の
意味を私が充分理解していることも知っている。
『そうか、そうするか』とだけ言った
注射は二回に分けて打つ。注射後およそ二週間で成虫は溶け出し、いわゆる拒絶
反応はその頃から始まると説明を受けた。小丸は頭を上げることさえ出来ず上目使
いにしか見ない、情けない顔をして助けを求めているように見えた。米子市住む妹
の見舞いまであり我が家にとっては毎日が臨戦体制だった。
餌は何をやっても、大好物の牛の生肉をやっても見向きもしないから、口の横から
無理矢理に食べ物を入れて、口を塞ぐと仕方なしにゴックンとする。その方法で食べ
させる状態が続いた。注射を決心したのはその後だった。
一か八と賭けをした約三週後に回復の兆しがみえ出し一命を取リ留めた。
一方、ジャックは訓練から帰ったその日の夕方に急死した。今も自分の家が見える
小高い山裾に眠っている。