現地に到着したら、我先とばかりに犬が駆けだしあっと言う間に姿が消えた。呼んで
直ぐに帰ってくる場合は犬が未だ何の臭いも拾っていない時で、もし自分が兎の臭
いを見つけでもしたら呼んだところで帰ってはこない。めぼしをつけていた廃田の畦
で待つことにした。Yさんは下で待っている。パピーのワンともキャンともっかない鳴き
声が谷間に響き渡った。その声はどうやらこちらの方に向かっている。
段々と声が大きくなりやがて、パピーの声の間に落葉を軽く踏む音が聞こえる。出る
ぞ、多分、10メータ先の斜面からこの廃田を通過するだろうと予測した。
サッサッという音が最大になった時、姿を見せたのは兎ではなく茶褐色した山鳥で大
きな羽音と共に飛び立った。とっさのことで、一瞬途惑ったが銃口を山鳥に向け引金
を引いた。谷中の音が全て消された。
自分ではどんな風に狙いをつけたのか思い出せない。短い時間の出来事だった。
廃田の石垣のところに山鳥の長い尾が見える。5分程するとパピーは山鳥が立ったと
ころに着いた。そこで臭いが無くなっているので迷うはずだ。案の定、声がなくなりバ
タバタし始めた。呼んでも、知らん顔して臭いを探そうと必死になっている。鳥を見せ
るように何度か呼ぶと、それが判ったのかこちらに小走りでやってきた。『これは、お前
の初物だ』と犬に嚙ましてやる。犬には獲物が捕れたら今まで追ってきたものを噛ま
てやり喜び分かち合う。
山鳥は身に危険が及ぶとまず走って逃げ、尾根か開けた場所から飛び立ち、走る速
度は速く犬が追いかけても追いつけない。特にビーグルのように臭いを取りながら走
る犬には無理だ。
本日の獲物は真鴨と山鳥でこれを肴に一杯参ろうぞ。鴨の調理は羽拫をとるのが面
倒だ。上部の羽根は楽に抜けるが高級な羽毛布団やダウンジャケッ卜に使用される
ダウンは密集しておりいくら取ってもきりがない。手羽の部分も短い羽は根の部分が深
く指先が痛くなってくる。いい加減なところで、うぶ毛は焼き、腹を開けて内臓を取り出
す。手足を外し、胸の部分の肉を骨に沿って切る。
胸肉がおいしく、また量もここが一番多い。毛細血管が多いのか、赤みがかった色で、
レバーのような味がする。胸の肉は皮の下にある脂をつけたままで1センチ弱の厚さで
肉の繊維質と直角に切る。手足の部分も肉の外せるものは外し、骨の部分も肉と一緒
にしておく。昔から鴨にネギは付きものとされる。まさに、その通りである。ネギを5セン
チ程度の長さに切り肉と一緒にして深めの皿にいれ、ヒタヒタになる位、醤油をかける。
鉄板を、熱したら肉とネギを交互に並べて焼く、肉に火が通ったら、ひっくり返し焼き
過ぎない内に食べる。肉に醤油味がつきネギとミックスした美味な料理の出来上がり。
子供も喜んで食べる。お狩場焼きと名付けられており猟師ならではの贅沢な料理だ。
鴨には陸鴨と海鴨の二種類あり前者は餌を穀物にしており、稲の二番穂に着くシイ
ラ米みたいなものや草の実を食べ、潜りは頭だけを水に入れ逆立ちの格好しかでき
ない、真鴨、カル鴨、尾長鴨等。後者は海や湖に潜り小魚や貝を捕って食べる、キン
ク口ハジ口、アカガシラ等。
食べ物の差は肉質の差になるのか、陸鴨はおいしいが海鴨は、はっきり言ってまずい。