すぐそばで目白が忙しく尻尾を動かしながらチッチッと鳴っているのを聞いている
と『犬を放すぞ』とトランシーバーから無粋な声がした。逸る心を落ち着かせながら、
弾を3発装填し銃の安全装置を外し臨戦態勢に備える。暫くしてから澄んだ空気
の中にパーンとはじける銃声がした。寝屋の直ぐ傍だったらしいが止めることは出
来ず、トランシーバーからは撃ったが外れて逃げた、待ちの人は気をつけて待つよ
うにと指示があった。緊張感を覚えながら兎のように、前に後ろに聞き耳を立てて、
何が現れても直ぐ対処できるよう、集中する。
斜め後の方でドサッと大きな音が聞こえ振り向くと真っ黒なものが茂みの間にチラッ
と見えた。猪だ。背中は逆毛を立ててブーともフーとも聞こえる声がした。心臓は早
鐘のように鳴り武者震いを伴う。
こちらに向かって下りてくれれば姿を確認し撃つこともできそうだから、こちらへ・・・
の願いも空しく茂みの中を枯葉や枝をガサガサ踏みながら、その音は段々と遠の
いて行ってしまった。もしと言う言葉がなければ幸せにも不幸にも巡り合うことはなく
単純な世界になってしまうかもしれない。でも、もし最初に選びかけた場所だったら、
猪の姿を確実に見ることができ、しかも茂みの少ない場所を通るから、すぐ近くで撃
つチャンスはあったので悔やまれてならなかった。距離からして、撃てば弾は当たり
ビギナーはヒーローになることもできたのに・・・
猪が逃げた方向を連絡しようとするが谷間にいたためか電波は誰にも届かず、私も
自分が何をすべきなのかも分からなかったので、猪が再び現れるのをただ待つしか
なかった。その猪は結局、朝から夕方まで狭い範囲の中で追われ続け、夕方近くに
は疲れも限界にきたのか寝屋まで作ろうとしていたが逃げ延び命拾いをした。終わ
ってから例の如くまた別の愚痴を聞かされた。