猟犬は獲物によって使う種類が異なる。何匹も飼える人は少ないので自分の犬で
猟をする時、獲物は限定されてしまう。種類はたくさんあるが一般的には鳥猟では
ポインター、セッターが代表格で兎はビーグル、猪は紀州犬、甲斐犬といったとこ
ろになる。兎は小型で完全な草食動物だから襲われると逃げの一手、猪は体力も
あり攻撃的な性格を備えており他の動物と闘うことも可能だから、それに対峙する
猟犬の種類も違う。またそれぞれを擭物に限定するには理由がある。例えば兎を
主としたビーグルを鳥撃ちばかりに連れて行くと兎を追わなくなる。兎はワンワンと
吠えながらの体力勝負になるが、鳥はちょっとだけ追えば片がつくので楽な鳥に
しか向かわなくなってしまうからだ。
ポインターのジャック
Yさんが飼っていたのはジャックと名付けられたポインター。鳥の臭いを風の中で拾
うとその方向に行き鳥が隠れている場所で突擊の姿勢をする。主が行けと言うまで
その姿勢で待ち続ける。これをポイントしたと言う。それまでどんなに荒い息遣いし
ていてもポイントしている時は、どこで息をしているのだろうと思わせるほどピタリと息
を止める。『行け』と声を掛けると咄嗟に茂みに駆け込む。バダバタと雉が美しい姿
を表す。ハンターはそれをめがけて発射する。
私が狩猟免許を取る前の年、雉の剥製が欲しく捕ってもらう為に、Tさんについて歩
いた。木次町は養蚕家がまだ残っているので広い桑畑が幾つもあり、その周辺の草
地が雉の猟場になる。また裔麦を作る農家も多く雉の生息には環境のいい場所のよ
うだ。一日中、歩きまわったが獲物はなく『雉は夕餉を終えて寝床に入る時間だな』と
Tさんが言った。もう三十分もすれば時間切れで本日の猟はお開きになる。ジャック
は探索に余念がない。
諦めム—ドの中、ジャックがススキの株に向けてポイントした。Tさんは『雉だ』と教え
てくれた。『行け』と言っても中々、行かない。
ジャックは元々、慎重でポイントしても突っ込みに時間がかかる犬だった。
『行け』の声に突っ込んだ。
寝支度していた雉は羽音を高く飛び立った。そこにTさんの放った矢が炸裂する。
しかし、雉はおかしげな格好をして十メ—タ程、下の畦の方に飛び去った。『半矢だ』
半矢とは当たったが致命傷にならず逃げる状態を言う。
舞い降りた哇に急いで行って見る。草は十センチほどの長さに刈られ何の変哲もな
い場所で雉が隠れる場所など見当らない。ジャックは先に降りて探索をしていた。
その変哲もない畦で再びポイントした。『まさか』誰が見ても判るだろう。
こんな隠れることの出来ない場所で雉はどうやって隠れるのだ。あの長い尾はどうや
っても草から出るし、鮮やかな色は草と比べれば直ぐに判るはずだ。
『そこに、隠れているぞ』、犬もTさんも、どうかしているんじゃないの?。
犬の鼻は人間の何千倍の嗅覚を持つと言われる。私に姿は見えなかったがそこから
半矢の雉が飛び出した。ジャックが追いかけ雉を咥えて帰って来た。犬の嗅覚はさす
がだ。猟では一犬、二足、三鉄砲と言われる訳がよく判る。