「なっ」
「なっ、じやないよ。どうするつもりなんだよ」
沖山は、しばらく叱られた小学生のようにうつむいていたが、ふいに、「高橋、なあ、女のコ、紹介するっていうのはダメかな。金をちょっと待ってもらうっていう条件で…」と意外なことをいいだした。
「まさか、妹じゃないだろうな」
「悪かったよ。そんなんじゃないよ。すごい美人だよ。そのコ…」
青山三丁目の交差点から千駄ケ谷方面にぬける通称 〃キラー通り〃 にあるポストカード専門店「オン・サンデーズ」でニ人は、待ち合わせることになった。
借金のいいわけをするときとうってかわって、沖山は生き生きと高橋に段取りを説明する。
「彼女は、神宮前周辺が好きなんだよ。それできあ、デートは、その辺がいいんじゃないかって、オレのほうでー応決めちゃったんだけれど、いいよね」
高橋は、これまで沖山からは嘘の話しかきかされたことがない。だからアイツが、女のコを紹介するといったときも、まったく期待はしていなかった。沖山は、かいがいしくデートのお膳立てをしてくれる。沖山の説明を高橋は、半ば、ウワの空できいていたが、手わたされたメモには、きちょう面な字で神宮前三丁目界隈のいくつかのテートスポットガイドが書かれていた。
それによればシックなフランス料理「パス・タン」、安くておいしい中華料理「ふーみん」、カレー料理の「GHEE」、体育館風いタリア料理の「パスタ・パスタ」、カフェバー「Night Bar」にアイスクリームの老舗「スエンセンズ」といったラインナップ。
夜の七時を十五分過ぎたところで「オン・サンデーズ」のドアから、女のコが顔をのぞかせた。高橋は、まさかと思った。彼女は、一見モデルを思わせるような派手な美人顔で、一瞬、高橋の横でポストカードを見ていた若い男も、高橋と同時に、彼女に視線を走らせた。
「ビーさん?」と高橋は、小声でいった。
彼女の顔に微笑が浮かんだ。やっぱりこのコだ。
高橋は、信じられない気持ちで彼女を眺めた。ジーンズに、ゆったりとした白いブラウス姿の彼女は、後ろ向きになったままで、ドアの外で待っている。
〃ビー〃というのが彼女の名前だった。
通りに出ると、高橋は、彼女とならぶようにして神宮前三丁目の交差交差点に向かって歩きだした。彼女の長い髪から、きつい香水の匂いが漂ってくる。
行きかう車のラいトに浮かぶビーの横顔は、よく整っていて、すこし濃いめの化粧がセクシーだった。
「毎日、なにしてるの?」
彼女は、ニコッと笑って、首を横にふる。
「じゃ、家で、ブラブラ?」
彼女は、コクリとうなずくと、白い歯を、ことさら目立たせようとするみたいに笑顔をつくった。
顔全体か、すぐにセックスシーンを連想させるような、ものうげで、いやらしい気配が感じられる。沖山は、彼女で五万円を帳消しにするつもりなんじやないのか。
つまりー晩彼女と…そう考えているうちに、高橋は、かすかにボッキしかけてしまう。
二人は、神宮前三丁目の交差点を左に折れ、明治通りに向かう通りを歩いていく。
高橋は、彼女を「Night Bar」に誘った。落ち着いた雰囲気のカフェバーだ。
高橋はジントニック、そして彼女はマルガリータをたのんだ。
会話は弾まなかった。
彼女は、なにを考えているのだろう。
白いブラウスの胸のあたりのふくらみは小さめで、高橋は、しきりに彼女がのけぞったときの表情や体つきを想像して、何度もボッキしかける。
話は、いっこうに弾まない。
彼女は、しきりに、セイラムライトを吹かしつづける。
高橋は、思いきって、自分の右手をのばして、彼女の手をとった。一瞬おどろいたような表情を浮かべたが、彼女は、高橋の手を握りかえして、妖しげな微笑を浮かべた。
波の耳の奥に “突撃“という号令が鳴った。
高橋は、ジントニックを飲みほすと「出よう」と短くいった。そして、明治通りとぶつかる右角のビルの地下にある「パスタ・パスタ」に向かった。
広々とした空間の中央に調理場があり、オリーブ油とニンニクの入りまじったいタリア料理独特の匂いが漂つ。その明るさと広さが気持ちよい店だった。
テーブルにつくと高橋は、赤ワインをたのんだ。もうすこし酔う必要がある。スパゲティに、ナスのグラタン、オソッ・ブッコ(肉料理)を注文した。
「これでいい?」と彼がきくとビーは、ただコックリとうなずいた。
彼女は、化粧室に行ってもどってくるたびに、化粧が濃くなっていく。
『メモリーズ・オブ・ユー』(永倉万治著)[講談社文庫1990]から引用
「なっ、じやないよ。どうするつもりなんだよ」
沖山は、しばらく叱られた小学生のようにうつむいていたが、ふいに、「高橋、なあ、女のコ、紹介するっていうのはダメかな。金をちょっと待ってもらうっていう条件で…」と意外なことをいいだした。
「まさか、妹じゃないだろうな」
「悪かったよ。そんなんじゃないよ。すごい美人だよ。そのコ…」
青山三丁目の交差点から千駄ケ谷方面にぬける通称 〃キラー通り〃 にあるポストカード専門店「オン・サンデーズ」でニ人は、待ち合わせることになった。
借金のいいわけをするときとうってかわって、沖山は生き生きと高橋に段取りを説明する。
「彼女は、神宮前周辺が好きなんだよ。それできあ、デートは、その辺がいいんじゃないかって、オレのほうでー応決めちゃったんだけれど、いいよね」
高橋は、これまで沖山からは嘘の話しかきかされたことがない。だからアイツが、女のコを紹介するといったときも、まったく期待はしていなかった。沖山は、かいがいしくデートのお膳立てをしてくれる。沖山の説明を高橋は、半ば、ウワの空できいていたが、手わたされたメモには、きちょう面な字で神宮前三丁目界隈のいくつかのテートスポットガイドが書かれていた。
それによればシックなフランス料理「パス・タン」、安くておいしい中華料理「ふーみん」、カレー料理の「GHEE」、体育館風いタリア料理の「パスタ・パスタ」、カフェバー「Night Bar」にアイスクリームの老舗「スエンセンズ」といったラインナップ。
夜の七時を十五分過ぎたところで「オン・サンデーズ」のドアから、女のコが顔をのぞかせた。高橋は、まさかと思った。彼女は、一見モデルを思わせるような派手な美人顔で、一瞬、高橋の横でポストカードを見ていた若い男も、高橋と同時に、彼女に視線を走らせた。
「ビーさん?」と高橋は、小声でいった。
彼女の顔に微笑が浮かんだ。やっぱりこのコだ。
高橋は、信じられない気持ちで彼女を眺めた。ジーンズに、ゆったりとした白いブラウス姿の彼女は、後ろ向きになったままで、ドアの外で待っている。
〃ビー〃というのが彼女の名前だった。
通りに出ると、高橋は、彼女とならぶようにして神宮前三丁目の交差交差点に向かって歩きだした。彼女の長い髪から、きつい香水の匂いが漂ってくる。
行きかう車のラいトに浮かぶビーの横顔は、よく整っていて、すこし濃いめの化粧がセクシーだった。
「毎日、なにしてるの?」
彼女は、ニコッと笑って、首を横にふる。
「じゃ、家で、ブラブラ?」
彼女は、コクリとうなずくと、白い歯を、ことさら目立たせようとするみたいに笑顔をつくった。
顔全体か、すぐにセックスシーンを連想させるような、ものうげで、いやらしい気配が感じられる。沖山は、彼女で五万円を帳消しにするつもりなんじやないのか。
つまりー晩彼女と…そう考えているうちに、高橋は、かすかにボッキしかけてしまう。
二人は、神宮前三丁目の交差点を左に折れ、明治通りに向かう通りを歩いていく。
高橋は、彼女を「Night Bar」に誘った。落ち着いた雰囲気のカフェバーだ。
高橋はジントニック、そして彼女はマルガリータをたのんだ。
会話は弾まなかった。
彼女は、なにを考えているのだろう。
白いブラウスの胸のあたりのふくらみは小さめで、高橋は、しきりに彼女がのけぞったときの表情や体つきを想像して、何度もボッキしかける。
話は、いっこうに弾まない。
彼女は、しきりに、セイラムライトを吹かしつづける。
高橋は、思いきって、自分の右手をのばして、彼女の手をとった。一瞬おどろいたような表情を浮かべたが、彼女は、高橋の手を握りかえして、妖しげな微笑を浮かべた。
波の耳の奥に “突撃“という号令が鳴った。
高橋は、ジントニックを飲みほすと「出よう」と短くいった。そして、明治通りとぶつかる右角のビルの地下にある「パスタ・パスタ」に向かった。
広々とした空間の中央に調理場があり、オリーブ油とニンニクの入りまじったいタリア料理独特の匂いが漂つ。その明るさと広さが気持ちよい店だった。
テーブルにつくと高橋は、赤ワインをたのんだ。もうすこし酔う必要がある。スパゲティに、ナスのグラタン、オソッ・ブッコ(肉料理)を注文した。
「これでいい?」と彼がきくとビーは、ただコックリとうなずいた。
彼女は、化粧室に行ってもどってくるたびに、化粧が濃くなっていく。
『メモリーズ・オブ・ユー』(永倉万治著)[講談社文庫1990]から引用