内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

西洋的教養の源泉の一つとしてのイソクラテス的なもの

2022-02-28 23:59:59 | 読游摘録

 昨日の記事で言及しかつ引用した二書のうちの一つ、廣川洋一氏の『イソクラテスの修辞学校』は、その副題「西洋的教養の源泉」が示しているように、古代から中世を経て近代に至るまでの西洋的教養の源泉の一つとして、イソクラテスによって確立された文学的修辞的教養をその主題としている。
 プラトン、アリストテレスに比べて、一般的知名度においてはるかに劣り、今日イソクラテスが話題にされることもさほどないし、フランス語に限っていえば、高度な専門研究については知らないが、一般に入手可能なモノグラフィーもほとんどない。しかし、廣川氏によれば、「イソクラテス的教養がローマ世界に及ぼした影響は、プラトンのそれにくらべてはるかに広汎で深刻であった」し、「中世初期の数世紀において文化的・歴史的ヨーロッパの基礎が形成されたとき、ヨーロッパが受け継いだ古典文化あるいは端的に教養理念は、基本的に、イソクラテス的・修辞学的なそれであった」。
 ギリシア的教養における二つの理念は、イソクラテス的な立場とプラトン的な立場とによってそれぞれ代表される。哲学思想の領域では、前者は、「道徳的・実践的な価値が学問・知識の対象とならないことを主張し、人間の行為や生きかたにかかわる問題を厳密な学知と同列に考えることを拒否」し、後者は、「実際生活における言論と行為の指針となるべき価値や規範もまた、あるいはむしろこれこそ最もよく厳密な学知として把握さるべきものとする」。
 日本においては、この二つの教養理念のうち、プラトン的な理念は明治以降よく知られてきたのに対して、イソクラテス的な理念はつい最近までほとんど知られることがなかった。その初版が一九八四年に岩波書店から刊行されたこの廣川書によって、ようやくやや広く知られるようになった。しかし、その後、専門研究は別として、イソクラテスがさらに広く知られるようになってはいないようである。
 西洋的教養の源泉の一つとしてのイソクラテス的な教育理念そのものに対する関心もさることながら、実際生活における言論と行為の指針という現実的な関心からも、イソクラテス的な弁論・修辞学は、もっと注目されてよいのではないかと私は思う。
 弁論・修辞学についての私自身の主たる関心はアリストテレスの『レトリック』(弁論術)の方にあるが、そのよりよい理解のためにもまずは廣川書によってイソクラテス的な教養・教育理念について一定の理解を得ておきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


なぜレトリックを学ぶことがメディア・リテラシーにとって大切なのか

2022-02-27 16:32:08 | 哲学

 望月衣塑子氏は『新聞記者』(角川新書 2017年)の「あとがき」で、自分が大切にしている言葉としてマハトマ・ガンジーの次の言葉を引いている。

あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。

 そのために彼女はメディアの世界で新聞記者として果敢な態度を堅持しつつ活躍しているわけだが、その仕事を通じて読者ともカンジ―の言葉を共有したいと願っているのだろう。Web2.0の到来以来、一般市民もまたメディアによる情報の単なる受け手ではなく、情報・意見の発信者となりうるようになったが、それは同時に、発信者としての責任も発生したということであり、その行動を律する倫理も要請される時代になったということである。
 このメディアの倫理を考えるとき、私には古代ギリシア・ローマにおけるレトリック(言論の技術)から学ぶことがとても大切に思えるのだ。
 今日、レトリックに関連するギリシア・ローマの古典はすべて優れた日本語訳で読むことができる。私は残念ながらそれらを参照する手立てがないから、主に仏語訳に頼っている。ただ、日本語訳であれ仏語訳であれ、直接古典と向き合うのは、もちろんそれが最良の途であるとわかっていても、容易なことではない。優れた注釈書を導きとして読むにしても、とても時間が掛かる。
 そこで頼りにしたいのが、優れた専門家による一般向けの良き入門書である。この点、欧米語には枚挙に暇がないほど良書がある。それは、レトリックそのものが古代からずっと大切にされてきたからである。
 プラトンが『ゴルギアス』で厳しくレトリックを批判したのも、それだけレトリックが人心に深刻な影響を及ぼすからこそである。アリストテレスが『弁論術』の講義をしたのは、言論の技術の本質を見きわめ、それを時と場面と聴者に応じて適切な仕方で運用するための基礎理論を示すためである。プラトンとほぼ同時代人であるイソクラテスの修辞学校は、「人間が端的によりいっそう人間的となる」(廣川洋一『イソクラテスの修辞学校』講談社学術文庫 2005年 「あとがき(原本)」)ための教養の原理としてのレトリックを学ぶための学校であった。
 ところが日本はそうではない。昨日の記事で取り上げた佐藤信夫氏のレトリック関連の著作を希少なる例外として、上手な話し方を解説するハウツー本は毎年掃いて捨てるほど出版されているのに、レトリックとは何かという問題を古代ギリシアに立ち返って真正面から本格的に取り上げ、それを一般向けにわかりやすく説いた本は悲しいほど少ない。
 しかし、幸いなことに、上掲の廣川洋一氏の『イソクラテスの修辞学校』と浅野楢英氏の『論証のレトリック 古代ギリシアの言論の技術』(ちくま学芸文庫 2018年 初版 講談社現代新書 1996年)という名著を私たちは持っている。
 浅野書の中の「はじめに 「言論の技術」とは何か」の「災厄をもたらすレトリック」と題された一節の次の箇所を読めば、なぜレトリックについてしっかり学ぶことが、今も、いや今こそ、必要なのか、納得していただけるのではないかと思う。

レトリックは、説得のための技術であるだけに、使い方によっては恐ろしい結果を社会にもたらします。その最たるものは、国家の支配者、独裁者たちが、政治をあやまり、レトリックをおのれの野望のために駆使するときでしょう。ものを知らない(あるいはむしろ、ものを知ることができないように管理された)多くの民衆は、歓呼の声をあげているのも束の間、やがては災厄と不幸のどん底におとしいれられるわけで、われわれが歴史のうえで幾度もみてきたとおりです。

 国家権力によって意図的に流布されたまことしやかなフェイクニュースが蔓延するメディア社会の中で生きていかざるを得ない私たち現代人がレトリックに細心の注意を払わなくてはならない理由はここにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


アリストテレスの『レトリック』をガイドとして展開されるメディア・リテラシー

2022-02-26 11:04:12 | 講義の余白から

 メディア・リテラシーが、現代メディア社会における情報の生成・伝達・受容のプロセスの理解を主たる目的とするならば、何もわざわざ古代ギリシア哲学にまで遡り、そこから現代を遠望するまでもなかろう。自分たちが今生きている「現代」という現場での実践的なリテラシーの訓練で事足りるだろう。メディア学の基礎的概念は、その実践的訓練に必要なかぎりでそれを学べば十分であろう。
 そうだとすれば、私はこの授業をはやく誰かに手渡したい。もともと望んで引き受けたわけではない。この授業を以前担当していた同僚が他校にポストを得ていなくなり、その急場を凌ぐために仕方なしにやっているだけである。学生たちにとっても、メディア・リテラシーの上掲の意味でのスペシャリスト、それが無理でも、現代メディアの諸問題によく通じた人が担当するのが本来望ましい。
 担当一年目であった去年は、私も手探り状態だった。日本の最新ニュースを追ったり、現在メディアで活躍している人たちの本を授業で紹介したり、いかにも「メディア・リテラシー」っぽい授業を組み立てようとした。だが、年度半ばでそれが空しくなってしまった。それは、現在流通している情報がどのように生成あるいは作成され、どのような媒体をどのように使って伝達され、それら情報がどのように受容・利用・消費されているかのプロセスを実例に即して理解することが無駄だと思うようになったということではない。それはそれで大切だと私も思う。
 ただ、せっかくこの授業を担当する以上は、一度メディアというものを根本から考えてみたいと思ったのである。これもまた手探りで進めるしかない作業ではあるが、私にとってはずっとやりがいが感じられる仕事である。そして、メディアとは何かという問いを根本から考える機会を提供することは学生たちにもけっして無駄ではないと思うのである。
 そうなると、授業は「メディア原論」とでも名づけたほうがよいことになるが、科目名は私の一存では変更できないし、日本語のテキストを読ませるという条件は外せないので、 « Compréhension des médias » という科目名はそのまま、内容的には、日本語のテキストを読みつつ原論的な話を今年度前期と後期の最初の四回は続けてきた。次回からは、いよいよ日本のメディアの現状の話に入っていくので、今年度はもう原論的な話はしない。
 来年度は、昨日の記事で話題にしたように、プラトンにおけるメディアの問題から始める。そして、メディアの諸相を分析するための基礎的概念を学ぶためにアリストテレスの『レトリック』を読もうと思っている。そこまでは、まるでメディア論の仮面をかぶった古代哲学史みたいな話になってしまう。そうなると、問題は、日本語のテキストを登場させることが難しくなってしまうことである。しかし、例えば、佐藤信夫の古典的名著『レトリック感覚』『レトリック認識』には、アリストテレスの『レトリック』(弁論術)への言及が当然のこととして見られるから、そのあたりを読解テキストとして使えば、一応要件を満たすことができる。
 というわけで、先週の冬休み中から Michel MeyerLa Rhétorique d’Aristote. Un commentaire raisonné, Vrin, 2020 をぼちぼち読んでいる。その読書記録をおいおいこのブロクにも投稿していくつもりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


プラトンから始まるメディア・リテラシー

2022-02-25 23:59:59 | 読游摘録

 中畑正志氏の『はじめてのプラトン 批判と変革の哲学』(講談社現代新書 2021年)の「はじめに」の次の一節を読んで、そこだけでもメディア・リテラシーの授業で学生たちに読ませたいと思った。

プラトンは探究し、執筆し、そして教育した。そうしたなかで彼が直面していたのは、森羅万象を支える根本原理は何か、よい生き方とは何か、といった「哲学的」問題だけではない。
 当時の人びとに人気を博したホメロスや悲劇・喜劇、あるいは幼年や少年時に施される体育や音楽の教育といった人びとの日常的営みに対してもプラトンは向き合っていた。いやむしろ、そこから哲学を考えていた。そして彼は、日々の暮らしから世界の根源にいたるまでの全体を相手に、批判的に、かつ包括的に考えたのだ。
 そして同時に、そのような考察がたどり着いたところを広く伝えることに腐心した。彼は一般に人びとに何かを伝える媒体(メディア)のあり方にきわめて意識的だったが、とりわけ自分自身の思考が人びとに届くように工夫を凝らした。その著作に、それに触れる人びとの知性と感性にも訴え、反省的な思考だけでなく感情や想像力までも喚起し、そしてそれらを変更する力を与えたのである。それが彼の哲学、「批判と変革の哲学」である。

 前期の授業で『国家』の「洞窟の比喩」と『パイドロス』の記憶と想起(の装置)の問題を取り上げたときは、まだこの一節を読んでいなかった。残念ながら、後期にはもうプラトンに言及する時間がない。
 来年度の前期は、上掲の引用文を授業でも読み、単に現代メディア社会にも適用できるような批判的観点が提示されている部分を作品から切り取って取り上げるだけでなく、それよりも前に、プラトンの対話篇全体がメディアとしての工夫と創意に満ちていることを示し、そこからメディアとは何かという問題に入っていくことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


愛による創造への飛躍の哲学 ― 九鬼周造「偶然と運命」と「日本的性格」を合わせ読む

2022-02-24 23:59:59 | 哲学

 九鬼周造は、「日本的性格」を『思想』に発表した前月の昭和十二年一月二十三日、「偶然と運命」と題したラジオ講演を行っている。『九鬼周造全集』第五巻の解題によると、後に『をりにふれて(遠里丹婦麗天)』(一九四一年)に収録された「偶然と運命」は、そのラジオ講演の原稿をそのまま活字化したものである。確かに丁寧な話し言葉の調子がそのまま残されている。偶然と運命について、わかりやすい言葉遣いで、具体例を挙げながら説明している。岩波文庫『九鬼周造随筆集』にも収録されている。
 「日本的性格」の原稿とどちらが先に書かれたかはわからないが、発表時期からして相前後して執筆されたものと思われ、両者を合わせ読むことで、九鬼の偶然と運命についての考えと「おのずから」と「みずから」についての考えとがどう重なり合うか、どう補い合っているか、よりよく理解することができる。
 九鬼はこの講演で、偶然の三つの性質として、何かあることもないこともできるようなもの、何かと何かとが遇うこと、何か稀にしかないことの三つを挙げ、それぞれに説明を与えた上で、運命を次のように定義する。

偶然な事柄であってそれが人間の生存にとって非常に大きい意味をもっている場合に運命というのであります。[…]人間にあって生存全体を揺り動かすような力強いことは主として内面的なことでありますから、運命とは偶然の内面化されたものである、というようにも解釈されるのであります。

 このように定義された運命に対して、九鬼は、ニーチェの『ツァラトゥストラ』に言及した後、こう付け加える。

人間は自己の運命を愛して運命と一体にならなければいけない。それが人生の第一歩でなければならないと私は考えるのであります。

 そして、運命に対してどうあるべきかについて、次のように述べて講演を結んでいる。

人間としてその時になし得ることは、意志が引き返してそれを意志して、自分がそれを自由に選んだのと同じわけ合いにすることであります。山鹿素行の武士は命に安んずるべきこと、すなわち運命に安んずべきことを教えているのでありますが、安んずるというばかりでなく更に運命と一体になって運命を深く愛することを学ぶべきであると思うのであります。自分の運命を心から愛することによって、溌剌たる運命を自分のものとして新たに造り出していくことさえもできるということを申し上げて私の講演を終わります。

 「おのずから」生じたことをそれとして従容として受け入れるだけでなく、「みずから」それを引き受け直し、しかもそれと一体になるほどに深く愛することで、創造へと飛躍する可能性を九鬼は示唆している。ただ運命を「あきらめる」だけではなく、運命を深く愛することで「あきらめ」を超えていく。人生にとって深刻な偶然性を運命として受け入れかつそれを愛することで超えて行く。九鬼が最終的に目指していた哲学は、「偶然性の現象学」でも「運命の哲学」でも「自然の哲学」でもなく、愛による創造への飛躍の哲学だったと言うことはできないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「みずから」と「おのずから」との「あきらめ」における融合相即 ― 九鬼周造「日本的性格」の企図

2022-02-23 23:59:59 | 哲学

 昨日の記事でちょっと意地悪な仕方で取り上げた九鬼周造の「日本的性格」(『思想』昭和十二年二月)の中に、日本文化に見られる三つの主要な契機として、自然、意気、諦念の三つが挙げられている。諦念 ―より正確には、「あきらめる」― については、二月十四日の記事で取り上げた。
 「自然」について、九鬼は、賀茂真淵や本居宣長を引用しながら、「おのずからなる自然の道」を称揚した後、「日本の道徳の理念にはおのずからな自然ということが大きい意味を有っている」と述べている。その上で、西洋思想においては対立的な自然と自由との関係との対比において、日本の道徳思想の特徴を次のように説明している。

日本の実践体験では自然と自由とが融合相即して会得される傾向がある。自然におのずから迸り出るものが自由である。[…]天地の心のままにおのずから出て来たものが自由である。「自」は自然の「自」と同じ「自」である。「みずから」の「身」も「おのずから」の「己」もともに自己としての自然である。自由と自然とが峻別されず、道徳の領野が生の地平と理念的に同一視されるのが日本の道徳の特色である。

 ところが、「日本的性格」の三年ほど前『理想』(昭和九年十月)に発表された「人生観」という短い論考には、次のように述べられている。

自由の自は「みずから」であって「おのずから」ではない。性格からおのずから流れ出る行為は既に自由の領域を脱して法則の必然性の領域へ移ってしまっているとも云える。もっとも、個々の自由な行為が集積して習慣によって法則化したと考えればそれでもいい。だが一方にその性格そのものの起始を歴史的社会的所与と見做し、他方に性格から自然に出る行為という意味以外に自由を認めないならば、それは歴史的決定論へ帰ってしまう。真の自由は個々の行為の選択そのものに存しなくてはならない。自由なる行為は性格を造ると共に毀ち得るものでなければならない。自由は瞬間瞬間に行為を無から創造するのでなければ本当の自由ではない。従って自己とは実体のような単なる連続ではなくて、非連続の連続という構造を有ったものである。

 一見したところ、両テキストは、「みずから」と「おのずから」との関係規定において明らかに対立している。この点はすでに諸家の指摘するところである。この対立をどう解釈するかによって、九鬼哲学の全体像も変わってくる。前者が日本道徳思想の特徴を一般的に述べたものであるのに対して、後者は九鬼自身の自由の哲学を表明したものと読めば、一応の説明はつく。しかし、そうだとすれば、九鬼は、自分の自由の哲学が日本の「伝統的な」道徳思想とは相容れない、あるいは真っ向から対立してしまうと考えていたことにならないだろうか。あるいは、後者の立場から前者の立場へとこの三年ほどの間に九鬼自身が変わったのだろうか。「偶然性の哲学」から「自然の哲学」へと「移行」あるいは「転回」したのだろうか。そう解釈する人たちもいるようだが、それほど事は単純ではないように私には思える。
 「日本的性格」の本文を素直に読めば、九鬼が描き出そうとした構図は、「偶然性の哲学」あるいは「運命の哲学」から「自然の哲学」への「移行」でも「転回」でもなく、自由と自然との諦念における弁証法的止揚である。言い換えれば、「みずから」と「おのずから」の「あきらめ」における「融合相即」である。

自然とはおのずからなる道であった。道はたとえおのずからな道であっても苟も道である以上は踏み行かなければならぬ。その踏み行く力が意気である。然るに道には踏み出される出発点と踏み終る終点とがある。出発点と終点との明らかな自覚が諦念である。それ故、自然というおのずからな道は一方に於て生きる力の意気という動的な迫力と、他方に於て明かに明める諦念という静的な知見とを自己の中に措定しているということができるのである。

 私なりにこれを言い換えると以下のようになる。
 「おのずからなる道」は、私の意志によって構築されるものではない。しかし、その道を歩み行く力がこの私になければ、そしてこの私がその道を実際に歩かなければ、道はほんとうには道として開かれてはこない。とはいえ、私が歩み行く道には限りがある。ある時ある処で始まり、ある時ある処で終る。この時間と空間における有限性を「明らめ」(明らかに自覚し)つつ、私は歩き続け、ある時ある処で歩き終える。いつ始まりいつ終るとも自分ではほんとうには決めがたい私の歩みにおいて、道は「おのずから」道となり、私は「みずから」私と成る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


講読テキスト選びの難しさ

2022-02-22 23:59:59 | 講義の余白から

 修士の演習の講読テキストの選択には毎年悩まされる。思想史の演習だが、時代は近現代に限定されているし、もちろん日本語で書かれた日本思想の或いは日本思想史ついてのテキストから選ばなくてはならない。これが日本人相手だったら、日本語の難易度をあまり気にせずにかなり自由に選べるから、さほど困らないだろうと思う。ところが、相手はフランス人学生である。しかも、大変嘆かわしいことに、赴任してから最初の二三年に比べると、学生たちの日本語のレベルが明らかに落ちているので、それでも読めそうで、しかも読むに値すると私には思われるテキストを選択するとなると、なかなかこれといったテキストが見つからない。
 それと、これは私自身の問題だが、選択したときは一応自分では納得していたはずなのに、演習の準備のために当のテキストを読み始めると、あるいは学生たちと教室で読み始めると、テキストそのものに対する不満が募ってきて、それを押し殺しながら読みすすめるに難儀する。で、ときどき「切れる」。学生たちを前にテキストに対する不満をぶちまけてしまう。昨年のテキストだった三木清の『人生論ノート』に対してもそうだった。学生たちは一生懸命仏訳を準備してきてくれて、それを比較検討しながらテキストの理解を深めるのは、彼らにとっても私にとってもいい勉強だったのだが、三木の文体や論旨にだんだん腹が立ってきて、学生たちを前に悪態をついてしまった。
 明日から始まる後期の演習(全六回)では、一九三七年に発表された九鬼周造の比較的短い論文二つ、「日本的性格」と「風流に関する一考察」を、それぞれ三回の演習で読む。日本語の難易度としてはどちらもちょうどよいくらいだし、面白い論点も出されてはいるのだが、前者には、かなり図式的なところがあり(もとが高校生向けの講演だったということは割り引く必要があるだろうけれど)、そういうところを読むと、もうほんとうにげんなりしてしまう。
 まあ、そんなこと言ったって始まらないのだから、気を取り直して、どう面白く読むか考えてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


カラダ日記 ― 体脂肪率最低記録更新

2022-02-21 23:59:59 | 雑感

 毎朝5時前後に体組成計で計測する。昨日もそうした。で、「えっ、うそでしょ」と驚いた。体脂肪率が10,4%まで下がっていたからである。これまでの最低は先月記録した11,1%で、以後なかなか「11%の壁」が破れず、12~13%台を行ったり来たりしていた。前日も13%台で、少し不満であった。
 それが突然、一挙に2%以上下がった。皮下脂肪も最低記録を更新した。全身で7,6%、腕・体幹・脚の各部もすべて一桁台で、それぞれ9,6、6,3、8,5だった。骨格筋率は最高記録を更新。全身で34,4%、腕・体幹・脚、それぞれ39,5、30,6、51,7。
 理由はよくわからない。運動量に特に大きな変化なく、食事にも変化はなかった。強いて普段との違いを挙げれば、土曜日の夜、少し飲み過ぎた。ワイン一本半飲んだ。それで体脂肪が下がるわけがなかろう。
 体調その他の諸要因により、体組成計の数値は日毎に上下する。だから、数値の些細な日変化は、そもそも一喜一憂すべきことではない。実際、今朝はまた13%台に戻っていた。「なあんだ」という感じ。昨年5月からほぼ毎日計測しているから、日によって2,3%の上下の変化は珍しくないこと、1日の間でも朝昼晩と測ると、同じくらいの幅で数値は動くことも何度も観察している。
 その観察記録から言えることは、減少あるいは上昇傾向を認めるには、少なくとも1週間単位で経過観察する必要があり、その傾向が確定的であるかどうかは、1月単位で見なければならないということである。総合的に見て、昨年5月の数値との比較で言えば、今月の数値はいずれも極めて良好だと言って差し支えない。
 ただ、ここ2週間ほど、走る距離が長く、1日平均10キロとして計算すると、19日間で44,5キロ超過している。さすがに膝やアキレス腱に疲れを感じる。そこで、昨日から今月末まで、走る距離を半減させることにした。昨日は5,5キロ走った。今日は5キロ。明日以降も月末まで5キロにとどめる。そうすると月末でちょうど今月の走行距離が280キロになる。
 ここまで運動量を減らしたことは昨年7月以降ないから、数値上も何らかの有意な変化が見られるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


日々の暮らしの中で「中道」を生きてみようという希望と勇気

2022-02-20 12:52:00 | 哲学

 『自律性と認識』第十章最終節 « Vers une voie moyenne » の最後の段落を読もう。

 Cette position moyenne est tout à fait pragmatique. Elle fait son chemin dans les laboratoires et suggère la conception d’expérimentations nouvelles ainsi que des programmes de recherche sur les artefacts intelligents. De plus, comme ce paradigme fournit une vision entièrement différente de ce qu’est la connaissance et la compréhension des systèmes complexes, il a beaucoup d’implications sociales et éthiques. En particulier, il pose que notre monde et nos actions sont inséparables, de telle sorte que nous devons abandonner toute recherche d’un point solide de référence, qu’il soit à l’intérieur ou à l’extérieur de nous-mêmes. Je n’approfondirai pas davantage cette question ici. Mais comme nous l’avons vu chez Wiener et von Neumann, les conceptions sur la connaissance et le vivant véhiculent aussi une signification politique et sociale. C’est ma ferme conviction que l’orientation épistémologique et scientifique proposée ici pourrait être un élément positif pour lutter contre les diverses formes de dogmatisme qui enserrent partout notre monde et qui peuvent nous mener à la destruction mutuelle.

 ヴァレラが「中道」はプラグマティックだというとき、それは、実験や研究を通じて現実に有効な具体的な解決策を提案すること、そのための新しいパラダイムや概念装置を提供することを意味している。それに、このパラダイムは、複雑系システムの認識や理解の、それまでとはまったく異なったヴィジョンを提供する。そのなかには引き出すべき多くの社会的・倫理的含意もある。とりわけ、このパラダイムは、私たちの世界と私たちの行動とは不可分であると考えるから、私たちの内にであれ外にであれ、私たちの行動とは無関係に定立され得る固定的な指標を探すことを一切やめることを要請する。昨日の記事で見たように、私たちは、つねに揺れ動いている世界という「海」の上の「中道」を歩むべき自律システムであるとすれば、これは当然の要請である。
 フォン・ノイマンやウィーナーとともにすでに見たように、認識や生命体についての諸々の構想は、その構想という活動を通じて政治的・社会的意味も伝達する。世界の至るところで私たちを締めつけ、ついにはそれとともに私たちの世界を崩壊させかねない、様々な形をした教条主義と戦わなくてはならないとヴァレラは考えている。『自律性と認識』で展開した関係創発的な生命論が、その戦いのための有効な武器になりうることを彼は確信している。
 ヴァレラを読むことで与えられるのは、認知科学についての独創的な知見や世界の見方のラディカルな学び直しだけでない。何よりもまず、揺れ動く世界とそこで生きる私たちとの創発的関係を抑圧するものと戦うその静かな勇気に私は心を動かされる。ヴァレラを読んでいると、世界との創発的な関係にほかならない「中道」を、たとえほんの細やかな仕方であれ、日々の暮らしの中で生きてみようという希望と勇気が私にも湧いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


つねに揺れ動いている世界という「海」の上の「中道」を歩むべき自律システムとしての「私」たち

2022-02-19 16:47:15 | 哲学

 ヴァレラは、自律か他律かという二者択一的な発想は、現代科学においてはもはや通用しないという点を強調する。では、どのような行き方(生き方)を彼は提案するのか。

 Je plaide en faveur d’une voie moyenne évitant à la fois Charybde (l’objectivité, postulant un monde donné de traits à représenter) et Scylla (le solipsisme, niant toute relation avec le reste du monde). Nous devons être ces navigateurs courageux qui trouvent une route directe vers le point où se produit la co-émergence des unités autonomes et de leurs mondes. Il ne s’agit pas ici d’opposer le système et son monde pour trouver le gagnant. Du point de vue d l’autonomie, le système et son monde émergent en même temps.

 ヴァレラが擁護する、いや、自らその立場に立って研究と思索を推し進めようとしたのは、「中道」(voie moyenne)である。世界は私たち生命個体とは独立にそれとしてあり、私たちが扱いうるのはその表象であるとする客観主義でもなく、「自己」という要塞に立て籠もり、世界との関係を断った(つもりの)独我論でもない「中道」を彼は探究した。そして、その道を、研究者として自ら探究し、歩み、思索を重ね、志半ば、五十五歳で逝去した。
 ヴァレラのいう「中道」は、両極端のいずれをも避ける穏健な路線のことではない。いっそのことそのどちらかに身を任せてしまえば楽になれるかも知れないいずれの行き方(生き方)をも拒否し、複数の自律システムとそれらを取り巻く環境世界がともに創生する地点へと真っ直ぐに向かう航路を探し、見出す勇敢なる「航海士」として生きること、それがヴァレラのいう「中道」だ。閉鎖系自律システムか開放系環境世界か、その勝ち負けを争っている場合ではそもそもないのだ。
 このメタファーはとても示唆的だ。私たちが相対的自律的システムとして「歩む」ことを求められているのは、私たちが生まれる以前からそこにあり、崩れる心配のない安定した「陸地」の上ではない。私たちがそれぞれ自律システムとして生きていけるのは、つねに揺れ動いている「海」の上なのであり、しかも、自律システムとそれがその上で生きていく世界とは同時に生成する。
 私たちが生きてゆくべき「中道」には、本来的に、不可避な脆弱性・不安定性・予見不可能性がある。と同時に、「今ここから、共に」という希望の起点も常に与えられている。