内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

鏡の中のフィロソフィア(現場レポート3)

2013-07-31 21:00:00 | 講義の余白から

 集中講義3日目。まずは、昨日学生たちが提出してくれた小レポートについてのコメント。いずれのレポートにもなかなかいい質問や問題点をよく押さえた指摘が含まれていて、それら一つ一つについて私の解答、見解、疑問を述べる。ついで、『鏡の文化史』を「デューラーの自画像」についての箇所から読み続ける。18世紀以降については、私の方で簡単にまとめて、同書に基づいた西洋における「鏡の中の哲学史」を切り上げる。これで今日の演習の前半終了。
 今日の演習の後半は、西田幾多郎の論文「場所」(1926)の読解。このテキストを選んだのは、他でもない、西田哲学にとって最重要なテキストの1つであるこの論文に、「場所」の説明として、鏡の比喩が何度か大事なところで登場するからなのだ。昨日の演習で辿り直した古代からニコラウス・クザーヌスまでの西欧における鏡をめぐる哲学的言説を手がかりとして、西田の「場所」を読み解いてみようというのが私の目論見。まず、西田哲学の展開過程を4段階に分けて図式的に示し、その中に「場所」論文を位置づけてから、テキストを読み始める。『善の研究』を学部時代に授業で読んだことがある学生はいたが、大半はこれが初めての西田哲学読解。彼らにとっていきなり「場所」を読まされるのは過酷な要求だったと思うが、それでも授業の最後までよく集中して付いて来てくれた。それは彼らが今日提出してくれたレポートを見てもわかる。それぞれ何とか西田の言おうとすることを捉えようと努力してくれている。明日はその後半戦。4時間以上も、この困難なテキストと向き合うのは容易ならざる作業だが、そこからそれぞれの学生が何かを摑んでくれることを期待している。
 さて、昨日から始めたピエール・アドの Exercices spirituels et philosophie antique の紹介を続けよう。同書の巻頭論文はまさに "Exercices spirituels"と題されている。この論文は、アドが1977年度に École pratique des hautes études で行った講義内容をまとめたものであり、この主題を正面から取り上げた彼自身の論文として最も詳細なものである。今日から、数回に渡って、この論文に依拠しながら、アドによれば哲学的実践そのものである exercices spirituels (エグゼルシス・スピリチュエル)の内実を見ていこう。昨日の記事で述べたように、この術語の適切な日本語訳が見つからないので、これを以下ではESと略号で示す。
 ES は、古代ギリシア・ローマの諸学派の中にもっとも容易にその実践例を見て取ることができる。例えば、ストア派にとって、哲学とは、抽象的な理論を教えることではなく、ましてやテキスト解釈ではなく、生きる技術であり、具体的な態度であり、ある生活スタイルのことであり、それは一人の人の全実存に関わる。〈知識〉だけが問題なのではなく、〈自己〉と〈存在〉にかかわることがらである。それは、実践する者をよりよく生きさせ、その人の人生全体を大転換させるようなものである。
 古代哲学においては、ストア派に限らず、すべての学派にとって、人間の苦悩の主たる原因は、諸情念である。より正確に言えば、無秩序な欲望と度を越した恐れである。心配や不安の虜になることが、ほんとうに生きることを妨げる。それゆえ、哲学はまずもって、それら諸情念からの治癒術(セラピー)として現れる。学派ごとにそれぞれの治癒術があるが、それらの間の共通点は、個人の生き方・有り方に深いところで変容をもたらすものだということである。諸々のESは、まさにこの全人格的変容をもたらすことをその目的とする。


鏡の中のフィロソフィア(現場レポート2)

2013-07-30 21:00:00 | 講義の余白から

 集中講義2日目。はじめに、昨日の講義の終わりに学生たちに書いてもらった小レポートについてのコメント。それらレポートに含まれていた質問にもすべて口頭で答えた後、ようやく本題の「鏡の中の哲学」に入る。まずは新一年生のために昨年度の内容の要約。それから『鏡の文化史』そのものから私が選んだ箇所を、私の方で補足説明を加えながら、みんなで読んでいく。今日のところは昨年度の講義の最終回に読んだ箇所に立ち戻って、そこでの問題をより詳しく解説したところで終了。それも含めて、『鏡の文化史』の内容については、すでにこのブログで「鏡の中のフィロソフィア(準備編)」としてかなり詳しく紹介したので、ここには繰り返さない。
 昨日の記事で予告した Pierre Hadot の Exercices spirituels et philosophie antique の紹介を、少しばかり始めることにする。この本の紹介は、たとえ一通りするだけでも数回の記事を要するだろう。しかし、それを理由に、あるいは準備不足だからと、尻込みしていてはいつまでたっても始められそうにないから、とにかく今日始める。
 著者のピエール・アド(1922-2010)は、古代ギリシア・ローマ哲学研究においてフランスを代表する碩学として知られていたばかりでなく、彼自身1人の哲学者として、専門領域を超えて、数多くの研究者たちから尊敬を集めていた。徹底した文献調査に基づいた息の長いその研究によって、古代哲学のテキストの読み方に決定的とも言える転換をもたらし、その重要性はいくら強調しても強調しすぎることはないほどだが、ここでは、その研究の結果としてアドが規定した古代哲学の本質についてのみ紹介する。なぜなら、それは、専門家の関心をはるかに超えて、一般の読者にさえ、「哲学とは何か」という問いを根本から考え直させるだけのインパクトを持っているからである。ちなみに、このアドの古代哲学研究がミッシェル・フーコーの晩年の哲学に決定的な影響を与えたことはよく知られている。
 アドによれば、古代において、哲学とは、一言にして言えば、「生き方そのものの根本的な変化をもたらす日常の実践」にほかならない。その実践をアドは、"exercice spirituel" と呼ぶ。この表現自体は彼の造語ではないが、この語の意味するところについて、彼は自身の緻密な古代哲学研究に基づいて繰り返し詳細な説明を与えている。というのも、どちらの語も一般に使用される語であるが、それだけに様々な誤解も生みやすいからである。
 まず、 « exercice » の方だが、これは「練習、訓練、実行」等を意味するが、肝心な点は、それが単なる練習ではなく、実際に行われることであり、しかも繰り返し行われることであり、さらには単なる繰り返しではなく、実際に生活の中で繰り返し実行されることによって、ある生き方の習熟・熟達をもたらすもののことであるという点である。しかし、さらに誤解を引き起こしやすいのは « spirituel » の方である。それについてはアド自身が十分に自覚している。これを「精神的な」あるいは「霊的な」と訳したのではアドの真意は伝わらない。なぜならこの語にアドが与えている意味は、「人間の全存在に関わる、その本質にかかわる」ということだからである。だから、「肉体」に対立する「精神」、前者から独立した後者が問題なのではなく、いわば「肉体を持った精神」「肉体において働く精神」とも言うべき人間存在の全体性が問題なのである。"Exercice spirituel" は、このような意味を込めて使われているのだから、「全人格的実践」とでも訳すべきだろうか。その内実については、明日以降、少しずつ紹介していく。


鏡の中のフィロソフィア(現場レポート1)

2013-07-29 21:00:00 | 講義の余白から

 今日が集中講義初日。5時起床。生憎の雨。高い湿度。その分気温が低いのが救い。傘をさして、10数冊の参考文献と自分のノート型PCとをリュッックと手提げ鞄に振り分け、復員兵さながらの体で、11時前、いざ大学へ。12時前に大学到着。すでに汗で背中がびしょ濡れ。不快。まず教務課に書類を提出してから、空調のよく効いた講師控え室で1時間、講義の最初に話すことを頭の中で再確認しながら、背中の乾燥(観想ではない)に集中する(ようなことではないが)。13時より演習開始。出席者9名。全席で10数名が座れる程度の広さの大学院専用の演習室で、出席者数に対してちょうどいいくらいのサイズ。
 まずはパワーポイントを立ち上げてから、予備的説明を開始。これを最初の2コマ(3時間)で終えて、3コマ目で本題の「鏡の中の哲学」に入るはずだった。ところが、適度な湿度のせいと1時間の休憩のもたらした物理的・心理的効果(根拠薄弱)か、あるいは日頃の学問的蓄積(普通良識ある学者は自分についてこういうことは言わない)のおかげか、舌の滑りが良好……過ぎた。「派生的」説明(だからといって、情報として重要度が小さいとは限らない)と、想定を上回る「脱線」(とはいえ、そこに含まれる問題は本題のそれより重要ではないというわけではない)とによって、予定が早くも狂う。2回の休憩を挟んで、4時間話して、予備的説明がまだ終わらず、話すつもりだったことをかなり端折って、やっとのこと、なぜ〈鏡〉が西洋哲学史を古代から中世を介して近代そして現代まで貫くテーマになりうるのかの説明の「入り口」に辿り着く。本日の私のしゃべりはここまで。残りの30分で、学生たちに感想を書いてもらって、初日終了。さすがにしゃべり疲れて帰宅した。夕食を終えて、今この記事を書いている。
 だから、授業で方法論の説明の際に一例として紹介し、このブログでも今日から紹介するつもりだった Pierre Hadot の名著 Exercices spirituels et philosophie antique (Albin Michel, 2002、未邦訳)については、明日以降、できたら取り上げる。でも、それができるかどうか、明日の演習が終わってみないと、わからない。
 以下、今日の演習のためのプランから、実際に終えたところまでをそのまま再録(4時間話した内容を要約する元気はもうありません)。

 1.「現代哲学特殊演習」の定義
 「現代」の規定 関連語「近代」「同時代」「ポスト・モダン」
 「現代哲学」の3つの指標 
   ① 近代哲学の枠組みの見直し(脱構築)
   ② 隣接諸科学との対話・対決
   ③ 哲学の応用あるいは再定義:地球環境、エネルギー問題、宗教・民族・地域
 「特殊」の基準 歴史を貫く特定のテーマ・対象を1つ選ぶ。
 「演習」の内容 自ら考え、発表し、他者と討議する。

2.この演習の目的
 哲学的思考の訓練(研究者あるいは大学教員になるための職業的訓練とは区別される)
 日常の中、歴史の中、ある地理的・地域的・社会的・文化的・経済的・政治的・宗教的諸関係の中で、
 それらを自覚しつつ哲学する。
 哲学以外に哲学を見出す。
「哲学的」とは違った仕方で哲学する。

3.演習の進め方
① テキストを読む。② 問題を取り出す。③議論する。
④ 要約・抽出・摘要 ⑤問題提起・展開 (④と⑤は毎回の小レポートとして提出)

4. 評価方法
① 出席(全5回)+小レポート(5回)
② 参加 ∋ 発言・質問(毎回随時+最終回の全体討議)
③ 発表(最終回、1人10~15分)

5. 方法論 「方法としての哲学思想史」
「哲学は哲学史である」 "La philosophie est l’histoire de la philosophie."
「受容の思想史」Ex. Histoire du sujet. Une redécouverte merveilleuse du sujet originel chez un linguiste japonais au XXe siècle.

Trois enjeux:
1/situer historiquement les questions (contextualiser)
2/ thématiser un objetparticulier
3/ s’inscrire dans l’histoire de la pensée ou de la philosophie(relecture dans l’histoire à laquelle nous appartenons)

Références Pierre Hadot, Exercices spirituels et philosophieantique;RémiBrague, Au moyen du Moyen Âge

 今晩は、これから明日の講義の準備をした後、一シャワー浴びて、早めに寝ます。


鏡の中のフィロソフィア(予告編3) ― 講義ノートから(16)

2013-07-28 09:00:00 | 哲学

 昨日朝、3週間の夏期日本語プログラムを終え、フランスに直帰する学生たちに関空まで同行し、新年度が始まる9月の再会を約して別れた後、羽田行の便で上京。飛行機から降りると、気温の高さはそれほどとも思わなかったが、湿度は大阪の滞在先よりも高く感じる。実家に午後2時前に到着。荷物を解くや早々に家の者に頼まれた用事を済ませ、シャワーを浴び、一息入れていると、夕立。気温も少し下がる。昨晩は早めに寝床に入る。今日は明日から始まる5日間の集中講義の準備に一日かかりきり。

 以下は、『ナルシスのあやまち』第1章第5節「過去と死」の全訳(本邦初訳!)である。

 私が自分を見ることができるのは、自分の過去の方を、つまり、私がもはやそうではない存在の方を振り返ることによってのみである。しかし、生きるとは、私がまだそこにはいない未来に私の意志を向かわせることによって、私固有の存在を創造することである。この未来が見物できるようになるのは、その未来に私が到達しただけではなく、それをすでに追い越したときだけであろう。
 ところが、ナルシスが自分自身について持とうとした意識は、彼から生きる意志を、つまり働きかける意志を奪う。というのは、働きかけるためには、自分を見ること、自分について考えることを止めなくてはならないからである。彼を浄め、養い、強めるためにその水がある源泉を、自分をそこで見つめる泉に変えてしまうことを彼は拒まなければならぬ。
 しかし、ナルシスは、それ自身いつかは霧消する定めの自分の身体に、彼から逃れ、影の後を追いかけることを彼に強いる過去に、あまりにも愛着を持ち過ぎている。彼は自分の思い出を書き綴り、自分自身の歴史を享受しようとする人に似ている。鏡の中の自分を見つめること、それは自分の歴史が自分の方に近づいてくるのを見ることだ。しかし、誰であれ、そこから身を引くことによってしか、自分の運命の秘密を読むことはできない。
 ナルシスは、だから、自らの不当な行いによって罰せされている。というのは、自分の存在を自ら創り出す前に、それを観想しようと欲しているからだ。彼は、自分の裡に、実在を見出し、それを所有しようとするが、その実在は、それがまったく実践されないうちは、ただの可能態に過ぎない。この可能性にナルシスは満足してしまっている。彼はそれをまやかしの像に変換し、以後その中に留まり、自らの存在そのものの裡に生きようとはしない。そして、ナルシスが陥った最も深刻な過ちは、居心地のよい自らの見かけを作り出すことによって、自分のほんとうの存在を創り出したと思い込んでいることである。
 生の中を前進するにつれてのみ、人は自分を見ることができるようになってくる。そうなってから振り返れば、自分が踏破した道のりを計測し、そこに自分の足跡を見出す。ナルシスが自分の姿を見つめる泉は、黄昏時になってはじめて訪れなくてはならなない。そこには、自らの衰滅を待つ、消えかかる形しか見ることができない。それは彼自身もまた影になろうとする時である。その時、彼の存在と彼の像は互いに似たものとなり、ついには区別がつかなくなる。ところが、若きナルシスは、暁方の曙光の中、泉に映る自分の姿を見に来た。彼は見てはならないものを見ようとした。彼の悲劇的な運命は、彼が自分の身体をそこにおいて捉えようしていた像にその身体を手渡すことを彼に強いたのである。
 今や、ナルシスは、この不毛な似像と一緒になることしかできない。彼は、無益な夭折を運命づけられている。なぜなら、死のみが人に与えることができる特権、つまり、自ら成し遂げたことをそれが一度完遂してからのみ、自らの裡で観想するという特権を、それに値する者となる前に手に入れようとしたからである。


鏡の中のフィロソフィア(予告編2) ― 講義ノートから(15)

2013-07-27 14:00:00 | 哲学

 古来、ナルシス神話は、多くの詩人・画家たちに芸術的創造のインスピレーションを与えてきたし、プロティノスをはじめてとして、哲学者たちの認識論的あるいは倫理学的関心も惹きつけてきた。例えば、古代の哲学者たちについて、彼らのナルシス神話の解釈の仕方を比較することで、それぞれの哲学的立場を際だたせることもできる(この点については、Pierre Hadot, Plotin, Porphyre, Études néoplatoniciennes, Paris, Les Belles Lettres, 1999 に収められた論文 "Le mythe de Narcisse et son interprétation par Plotin", p. 255-266 を参照)。
 ナルシス神話には、いくつものヴァリエーションや解釈があるが、オウィディウスの『変身物語』(あるいは『転身物語』)の中の「ナルシストとエコー」が特に有名である。ラヴェルも、『ナルシスのあやまち』の冒頭で、オウィディウスに言及している。しかし、この記事では、ラヴェルがそこにどのような哲学的問題を見て取ったかということがテーマなので、このラテン文学の古典の内容そのものには触れない(この物語にご興味をお持ちの方は、岩波文庫版で簡単に邦訳が入手できるので、そちらをご覧になってください)。
 ナルシスのあやまちとは、どのようなあやまちか。それは、生命を欠いた自己の表象に過ぎないものを自己と取り違えるという不幸なあやまち、言い換えれば、自己がそこにはいないところに自己を探すことによって、本来的自己から遠ざかり、自分を見失うというあやまちである。つまり、ナルシスは、自己愛の不可能性にも、存在的自足性に含まれた根本的な存在論的欠落にも気づくことができなかったのである。本来的自己とは、けっして対象化され得ない、不可視な「精神としての自己」である。この生ける自己は、つねにそれ自体で自足する自己同一的な実体(substance)ではなく、作用(acte)としてのみありうる存在(être)である。それは、自己において自己を見つめるためにあるのではなく、世界において本来的に孤独であること自覚しつつ、その万人に共通する実存的孤独を通じて他者と共に生きるためにある。
 自分の声を奪われ、自ら最初に言葉を発することを禁じられ、ただ人の言葉を繰り返すだけ、しかもそれを不完全な仕方でしかできない精霊エコーからの求愛を、ナルシスは拒否する。ラヴェルは、ナルシスがそれから逃走しようとするこの精霊の求愛に、ナルシス自身の不可能な自己愛の影を見る。他者を愛しえないナルシスは、泉の水面に映る自己の虚像に執着し、それを手に入れようと、手を差し伸べ、水中に飛び込み、命を落とす。虚像の世界に入り込もうと試みる者を待っているのは死だけである。
 水面に映る自己の虚像は、ただ眺めることができるだけで、けっして抱き寄せることはできない。その虚像は、それを眺める私の所作をただ真似ることができるだけで、自ら声を発することはけっしてなく、自分から近づいてくることもない。視覚像は、触れ得ない見かけしか与えてくれない。不可能な自己愛に閉じ込められたナルシスは、誰にも触れることはできず、誰からも触れられることもなく、聞くことができるのは自分の声の谺だけ。ナルシスは、単に孤独であるというのではなく、他者を愛することによってしか現実化できない精神としての本来的自己を見失い、虚像の世界を独り彷徨う。愛の対象たり得ない、美しいが虚しく儚い自己の幻像の虜となる。自分が愛するものから愛されることを切に願いながら、その願いはけっして叶えられることはない。生きるかわりに、自己の虚像を見つめるナルシスとは、つまり、この世に生きる意志の否定にほかならない。


鏡の中のフィロソフィア(予告編1) ― 講義ノートから(14)

2013-07-26 15:00:00 | 哲学

 今日から、集中講義の第1日目に取り上げる、邦訳のない3つのフランス語文献を紹介していく。

 その1冊目は、ルイ・ラヴェル(Louis Lavelle, 1883-1951)の『ナルシスのあやまち』(L’erreur de Narcisse, Grasset, 1939 ; La Table Ronde, 2003)である。

 ラヴェルは、フランス・スピリチュアリスムの20世紀前半における正統的継承者で、フランスの「精神の哲学」を代表する哲学者の1人である。「最後の偉大なるフランス人形而上学者」と言われることもある。この四半世紀、本国フランスでは、ルイ・ラヴェル協会の創設(1989)、その哲学をめぐってのシンポジウムの開催、いくつかの著作の復刊等に見られるように、ラヴェル哲学再評価の機運が高まっている。ところが、管見の及ぶところ、日本にはラヴェルの研究者と呼べるような専門家はいないようであるし、翻訳は1つもない。紹介論文あるいは記事すら寥々たるもののようだ。しかし、私は、かねてから、ラヴェルの文章をフランス語における哲学的言語の精華の1つだと考えており、現在古本でしか入手できない著書も含めて、ラヴェルの本を収集してきた。
 『ナルシスのあやまち』は、極めて美しいフランス語で書かれた哲学的エッセイである。「この小著はその内容によって偉大である」(La Table Ronde版のJean-Louis Vieillard-Baron の「前書き」より)。そこには、自己意識の成立契機とその本質という哲学的問題をめぐっての考察が、ナルシス神話を出発点として、平明かつエレガントな仕方で展開されている。一切の専門的術語を排し、ソクラテス、プラトン、パスカル等、若干の哲学者へのごく僅かな言及はあるにしても、哲学書からのあからさまな引用に依存しているところはまったく見られない。この作品は、ラヴェルの哲学的散文精神の粋であると言うことができるだろう。ラヴェルの文章は、その繊細な思考と完全に調和した文体によって、丁寧に思索の道標を示しながら、私たち読み手に自らのこととして一つ一つの問題を考えさせ、一歩一歩「魂の頂き」へと私たちを導く。それぞれ10前後の短い節からなる12の章によって作品全体が構成され、それはあたかも「精神的生の偉大なる年の12ヶ月」のようであり、その冒頭から最終節まで、精神の「高貴な光」によって貫かれている(「前書き」より)。
 20世紀後半、フランス本国においてさえ、長らく忘れかけられていた同書は、20世紀前半にフランス語で書かれた哲学的エッセイの傑作の1つとして、今改めて日本でも丁寧に紹介されるに値する名著であると私は思う。フランス語を読まれる方には、是非原書(電子版はこちらから無料でダウンロードできるし、8.70€で文庫版が今でも簡単に入手可能)でお読みになることをお勧めします。このブログでは、明日から前後2回に渡って、集中講義の内容に直接関係する第1章「ナルシスのあやまち」を中心に同書の内容を紹介していく。


鏡の中のフィロソフィア(準備編10) ― 講義ノートから(13)

2013-07-25 15:00:00 | 哲学

 先週火曜日から昨日まで9回連続で、7月29日から始まる集中講義の覚書を、その主要テキストである『鏡の文化史』を参照・引用しながら記事にしてきたが、今日はその最終回。明日からは別の参考文献に基づいて、同じ講義についての覚書を続ける。

 以下、『鏡の文化史』の第3部「不気味な奇妙さ」第3章「鏡の破片=輝き」(同書最終章)から、注目すべきと私に思われる箇所をいくつか引用し、そのそれぞれの引用に若干のコメントを付けることで、同書に基づいた覚書の締め括りとする。


 「われわれが出会うあらゆる顔のうち、われわれがいちばん知らない顔は、われわれ自身の顔だ」(266頁)。

 私たちは自分が自分の顔を一番よく知っていると思いがちだが、他の人々の顔は直接見ることができるのに、自分の顔を直接見ることはできず、しかも、自分の顔は他者たちの顔との比較においてのみ、それとして認識される。もし私たちが、生まれてこの方ただの一度も他者の顔を見たことがなく、鏡の中の自分の顔しか見たことがなければ、その鏡像を自分の顔と認識することさえできないだろう。

 「通り抜けは容易になされる。というのは、それには違反も禁止もないからだ。創造的想像力によって生み出されるような不思議の国はない。客観的自己がないように、夢幻的自己も存在しない。内部と外部とは、互いに交換可能で、あらゆる内省的努力とあらゆる逃避的願望を無意味にする。主体は客体であり、客体は主体なのだ。鏡の通り抜けは、悲劇性のない穏やかな自殺に似ている――傷は感じられないほどかすかだが、致命的なのである。」(285頁)

 ここで言われている「通り抜け」とは、鏡のこちら側と向う側との間の通り抜けのことである。鏡の彼方の見えない世界が失われたとき、鏡のこちら側もむこう側も同じ世界に属する。ルイス・キャロルの作品の中でアリスが転がり込んだような鏡の向こうの不思議な国はもはやどこにもない。

 「鏡の森、あるいは『鏡の砂漠』は、二十世紀を席巻し、十七世紀が繰り返し強調したあの教訓――人間とは影とはかなさ以外のなにものでもない――を、そこから神秘的効力はすべて取り除いた形で、絶えず人々に思い起こさせた。ボルヘスが「無言の表面」と言い表した鏡、人が住めず、分け入りがたく、『そこではすべてが出来事で、何事も思い出ではない』この鏡は、隠喩を用いて言ってみれば、直接性と、無言劇と、忘却の現実世界をまさしく意味している。」(288頁)

 鏡は物質であり、その表面の反射の向う側に湛えられ、記憶された思い出などというものは、もはや荒唐無稽な作り話でしかありえない。

 「鏡の通り抜けはまた、伝えられないもの、混乱、そして虚無にも通じている。世界は持っていた明瞭さを失い、そしてこの混沌のなかで自我はおのれ自身が細分化されているのを知覚する。主体の一体性と独立は、一時的で相対的な錯覚でしかないのである。」(289頁)

 鏡の向う側に自律した主体が潜む場所はもはやない。鏡の手前のこの私は、この世界において無数の関係性の束に過ぎず、それらの関係性の間で引き裂かれている。そこで確保されうる主体性は、安定した存在の自己同一性ではなく、束の間の夢幻的な整合性に過ぎない。

 「なんじ自身を知れという人間主義的目標に、無関心と解体とが取って代わる。鏡は、可視の世界と不可視の世界との何らかの相関関係を提示することを拒み、いっさいの象徴的機能をみずからに禁ずる。鏡に映った像の劣化が錯乱の明らかな兆候のひとつであり、無関心がその行き着く先であるということを、神経精神科医は知っている。これは世紀末の芸術が体験するとみられる、逆さの鏡像段階である。」(289頁、一部変更して引用)

 私たちが鏡の向う側の見えない内面世界を自らに拒否するとき、鏡は私たちにただ自己の虚像を送り返すだけの道具になり、「私はどこにいるのか」という問いの答えを探求するための途をその中に見出すことはもはやできない。その結果として、私たちは、逆説的にも、すべてが虚構化したこの〈現実世界〉の中に投げ出され、そこで自分を見失う。鏡像の彼方への志向性を失った現代人は、自分が〈現実世界〉だと信じているこの世界の虚構性を前に茫然自失している。


鏡の中のフィロソフィア(準備編9) ― 講義ノートから(12)

2013-07-24 16:00:00 | 哲学

 今日のテーマは、20世紀において鏡の中で消失した内的自己同一性。
 19世紀、日用品として鏡が庶民の生活の中に広まっていく。それまでは主に都会で普及していた鏡が地方へ、そして農村へと次第に受け入れられていく。19世紀がそのような鏡の大衆化の世紀だとすれば、20世紀は、鏡像の氾濫の世紀だと特徴づけることができるだろう。もちろん、自己像の変容という問題に限ったとしても、写真による自己像の定着の一般化が自己認識の新たな段階を画し、さらには動画の普及が自己像のさらなる意識化を日常化・大衆化したことの帰結を無視することはできないが、それらのテーマは、今回の講義の枠を超えてしまうので、それらについての考察は、後日を期したい。
 鏡が日常生活の隅々まで行き渡っている今日、鏡の中の自己像を注意深く観察することで、そこに見えない〈彼方〉を探し求めようとする欲求はほとんど失われてしまったと言っていいだろう。私たちが鏡の前に立つとき、そこに見るのは、他者がそのように見るであろうと私たちが信じている私たちの姿であり、それ以上ではない。私が鏡の中に見ている鏡像はもはや何か見えないものの〈似姿〉ではなく、この〈私自身〉なのだ。そこにはもはや何ら神秘的な影はない。私たちは、鏡像の〈向こう〉あるいは〈手前〉を、見えないものとして隠された自己の〈内部〉として、そこに自己同一性を探すことも止めてしまった。そのかわりに、科学的に解析可能な脳内の諸機能・諸現象に、あるいは解読可能な遺伝情報に、自己同一性の根拠を求める。この意味で、自己の〈内部〉は私たちから遠ざかり、消失しようとしている。鏡の向こう側に逃げていく自己の〈内部〉を追いかけようとは、今さら誰も思わないだろう。それはまったく空しい試みに終わるだろうから。
 今日、自己同一性の喪失ということが問題になりうるとしても、それは精神医学、臨床心理学、社会心理学などの分野で取り扱われるべき問題だとされる。しかし、それらいずれの分野においても、鏡の向う側の世界などという、「荒唐無稽な」虚構は、まともに取り上げられることもない。鏡像の氾濫は、鏡像がかつて帯びていた神秘性をそこから完全に奪い去ることで、鏡像を虚像化し、鏡像の彼方という〈非在〉を私たちの生から抹消し、私たちが自らの内的自己同一性をそこに探求する方途を閉ざしてしまったのである。


鏡の中のフィロソフィア(準備編8) ― 講義ノートから(11)

2013-07-23 16:00:00 | 哲学

 19世紀に誕生したダンディズムの最も洗練された表現は、詩人ボードレールの作品の中に見出される。アルベール・カミュは、ボードレールを引用しながら、ダンディの標語は、「鏡の前で生き、死ぬ」ことであるとする。しかし、それは単に見てくれに浮き身を窶すということではない。自らの外面と内面との間の乗り越え難い隔たりを正確に認識しつつ、自分が外面において芝居を演じていることをどこまでも自覚し続けること、それがダンディの覚悟である。このストイックとも言える覚悟は、因習に囚われたブルジョア社会の外面的価値観への徹底した反抗の姿勢として生まれたのである。
 「ダンディは、鏡の前で暮らす。なぜなら、自分の外見に気を配り、自分の独自性を養い、自分自身のうちにのみ自分の基準を探すからである」(『鏡の文化史』、194頁)。ダンディは、だから、自分の影に心を奪われたナルシストとはまったく違う。彼が鏡で自分の見かけを絶えず注意深く観察するのは、自分の外見を自らに課した基準に従って修正し続けるためであり、それを他者たちの容赦ない視線の中に突き放すためなのである。ダンディは、だから、他者の視線に晒されている自己像の最も冷静な観察者であり、外見への自惚れから最も遠いところに立っている。
 「社交界で生まれ、文学生活への移っていったダンディは、風習のはらむ倦怠と偽善にたいして抵抗するために現れた。その偉大さは、いかなるものによっても自己からそらされることのないこの凝視と、外見にたいするこの嘲弄の上に成り立っている」(同書、196頁)。
 「彼は主体であると同時に対象でもあり、裁く者でありかつ裁かれる者であり、処刑者であるとともに処刑される者でもあり、実際に自分がそうであるところのものと自分が知っていることとの間で引き裂かれている。彼は映った像に与し続けているにもかかわらず、像との隔たりは自覚しており、この中途半端な同意から彼の不幸が生まれる。ダンディは自意識のこの最終的形態を体現しており、ゆえに自分自身の役者である彼は、実在物と見かけとのつらい分離を熟視し続け、そして鏡に映った自我と一体化し続ける。ダンディには、『喪の悲しみに沈む黄昏の美しさ』がある。」(同書、292頁、一部変更して引用)


鏡の中のフィロソフィア(準備編7) ― 講義ノートから(10)

2013-07-22 16:00:00 | 哲学

 昨日の記事で見たように、17世紀フランス宮廷社会は、鏡に映る自己の〈外見〉に自己全体を収斂させようとした。しかし、他方、鏡を媒介として、社会的〈外見〉には還元しがたい、個人の〈内面〉が16世紀から発見されていく。
 鏡は、社会的に礼儀作法に適う振る舞いのためのルールを私たちに教えると同時に、そのような社会的自己の影に隠されている、鏡に映ることのない内的意識を私たちに覚知させる。個人が自らを自らの主人であると考えることができるようになるためには、一方では、外部を媒介しない内省的な、他方では、外なる基準に自分を合わせる模倣的な、自己に対する二重の眼差しを必要とする。鏡の中の自己像の観察によって、自己の自己に対する直接的な関係と、他者によって見られた自己の自己に対する関係とを、明晰・判明に区別することが、「汝自身を知る」ために不可欠であることが自覚されていく。
 内的直接的自己関係と外的媒介的自己関係とは、しかし、単に並行して、それぞれ独立に成立・機能するものではない。これら2つの関係は、互いに規定し合うばかりでなく、相互に他を拡張・発展・深化させつつ、その過程を通じて、この〈私〉をその全体において形成する。そこに見られるのは、だから、1つの弁証法的過程である。この弁証法過程を現実的に可能にし、それを自覚へともたらしたのが〈鏡〉における自己認識である。〈鏡〉によって、個人は、自己の外見を自らの手で外的基準に照らして整え、統御することができるようになったが、それとともに、その外見とは異なる、見えないものが自己の〈内側〉に存在することを覚知する。ここから個の〈内面〉の探究が始まる。
 しかし、この探究は、必ずしも〈外面〉の排除を意味しない。16世紀ルネッサンス期のフランスを代表する哲学者モンテーニュ(1533-1592)は、媒介なしに直接感得される〈内面〉と外部から観察可能な〈外面〉との間に人間存在の両極性を見、かつ両者の間の相互浸透性を認める。モンテーニュによれば、人間は、独り部屋に閉じ込もり、鏡の中の自分の姿を眺め、点検し、内省に耽ることによって、「己を知る」ことはできない。人間が己を正しく見ることができる「本物の鏡」とは、「世界という大きな鏡」(『エセー』第1巻、第26章)である。モンテーニュは、この世界という〈鏡〉の中に自己の両義性を探究したと言うことができるだろう。
 一方、外界からの刺激に一切左右されることのない自己の存在の探究が、ガラス製鏡の製作技術が精錬されていく17世紀になって初めて徹底した仕方で遂行されたのは、けっして偶然の一致ではないであろう。移ろいやすい〈外面〉的自己の精密な映しが鏡によって与えられれば与えられるほど、そのような儚く虚しい自己像とは独立に、〈外面〉には還元され得ない、それとして確かに存在する自己への希求も強まった。そのような自己が神の〈似姿〉なのかどうかという問いとは別に、けっして鏡に映ることのない、この見えない自己の存在の確実性を探求すること、この探究姿勢が近代哲学を方向づける。