内的自己対話-川の畔のささめごと

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「みずから」と「おのずから」との「あきらめ」における融合相即 ― 九鬼周造「日本的性格」の企図

2022-02-23 23:59:59 | 哲学

 昨日の記事でちょっと意地悪な仕方で取り上げた九鬼周造の「日本的性格」(『思想』昭和十二年二月)の中に、日本文化に見られる三つの主要な契機として、自然、意気、諦念の三つが挙げられている。諦念 ―より正確には、「あきらめる」― については、二月十四日の記事で取り上げた。
 「自然」について、九鬼は、賀茂真淵や本居宣長を引用しながら、「おのずからなる自然の道」を称揚した後、「日本の道徳の理念にはおのずからな自然ということが大きい意味を有っている」と述べている。その上で、西洋思想においては対立的な自然と自由との関係との対比において、日本の道徳思想の特徴を次のように説明している。

日本の実践体験では自然と自由とが融合相即して会得される傾向がある。自然におのずから迸り出るものが自由である。[…]天地の心のままにおのずから出て来たものが自由である。「自」は自然の「自」と同じ「自」である。「みずから」の「身」も「おのずから」の「己」もともに自己としての自然である。自由と自然とが峻別されず、道徳の領野が生の地平と理念的に同一視されるのが日本の道徳の特色である。

 ところが、「日本的性格」の三年ほど前『理想』(昭和九年十月)に発表された「人生観」という短い論考には、次のように述べられている。

自由の自は「みずから」であって「おのずから」ではない。性格からおのずから流れ出る行為は既に自由の領域を脱して法則の必然性の領域へ移ってしまっているとも云える。もっとも、個々の自由な行為が集積して習慣によって法則化したと考えればそれでもいい。だが一方にその性格そのものの起始を歴史的社会的所与と見做し、他方に性格から自然に出る行為という意味以外に自由を認めないならば、それは歴史的決定論へ帰ってしまう。真の自由は個々の行為の選択そのものに存しなくてはならない。自由なる行為は性格を造ると共に毀ち得るものでなければならない。自由は瞬間瞬間に行為を無から創造するのでなければ本当の自由ではない。従って自己とは実体のような単なる連続ではなくて、非連続の連続という構造を有ったものである。

 一見したところ、両テキストは、「みずから」と「おのずから」との関係規定において明らかに対立している。この点はすでに諸家の指摘するところである。この対立をどう解釈するかによって、九鬼哲学の全体像も変わってくる。前者が日本道徳思想の特徴を一般的に述べたものであるのに対して、後者は九鬼自身の自由の哲学を表明したものと読めば、一応の説明はつく。しかし、そうだとすれば、九鬼は、自分の自由の哲学が日本の「伝統的な」道徳思想とは相容れない、あるいは真っ向から対立してしまうと考えていたことにならないだろうか。あるいは、後者の立場から前者の立場へとこの三年ほどの間に九鬼自身が変わったのだろうか。「偶然性の哲学」から「自然の哲学」へと「移行」あるいは「転回」したのだろうか。そう解釈する人たちもいるようだが、それほど事は単純ではないように私には思える。
 「日本的性格」の本文を素直に読めば、九鬼が描き出そうとした構図は、「偶然性の哲学」あるいは「運命の哲学」から「自然の哲学」への「移行」でも「転回」でもなく、自由と自然との諦念における弁証法的止揚である。言い換えれば、「みずから」と「おのずから」の「あきらめ」における「融合相即」である。

自然とはおのずからなる道であった。道はたとえおのずからな道であっても苟も道である以上は踏み行かなければならぬ。その踏み行く力が意気である。然るに道には踏み出される出発点と踏み終る終点とがある。出発点と終点との明らかな自覚が諦念である。それ故、自然というおのずからな道は一方に於て生きる力の意気という動的な迫力と、他方に於て明かに明める諦念という静的な知見とを自己の中に措定しているということができるのである。

 私なりにこれを言い換えると以下のようになる。
 「おのずからなる道」は、私の意志によって構築されるものではない。しかし、その道を歩み行く力がこの私になければ、そしてこの私がその道を実際に歩かなければ、道はほんとうには道として開かれてはこない。とはいえ、私が歩み行く道には限りがある。ある時ある処で始まり、ある時ある処で終る。この時間と空間における有限性を「明らめ」(明らかに自覚し)つつ、私は歩き続け、ある時ある処で歩き終える。いつ始まりいつ終るとも自分ではほんとうには決めがたい私の歩みにおいて、道は「おのずから」道となり、私は「みずから」私と成る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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