内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

形成契機と創造契機 ― 一つの生ける思想の二つの相補的な契機とそれらをもたらす生ける対象

2017-04-30 21:01:09 | 読游摘録

 ご自身が精神分析医でもあるグロ女史のビンスワンガーのモノグラフィーは、多種多様な第一次資料の博捜と伝記的具体的事実を尊重した上での繊細な概念分析とにおいて秀でている。
 私にとって特に学ぶところが多いのは、巧みに組み合わされているその方法論的概念である。なぜなら、それらの概念装置は、単にビンスワンガーの豊穣で複雑な思想を理解するのに有効であるばかりでなく、その他の思想家にも「使える」からである。昨日話題にした「三角測量」もそのような方法論的概念装置の一つである。
 今日の記事では、一つの思想の発展段階のそれぞれにおいて観察されうる「形成契機」(« moment formateur »)と「創造契機」(« moment créateur »)という、緊張関係を保った相補的二契機について一言触れておきたい。
 前者は、ある一つの思想の形成にとって必要ないわば栄養素である。それは単に直接的に「影響」を受けた思想自体だけのことではなく、その思想の概念的諸前提まで含む。後者は、それらに対して批判的に距離を取ることである。これら両者の間を行きつ戻りつすることが具体的な思想の運動をなしている。
 とはいえ、両者の間をただ行きつ戻りつしさえすれば、新たに一つの独自な思想が自ずと生れるわけではもちろんない。では、何がそのような運動を引き起こしうるのか。ビンスワンガーの場合、グロ女史によれば、それは精神医学的対象、つまりビンスワンガー自身が実際に治療にあたっている患者たちである。
 しかし、これは単に精神医学の分野にだけ妥当する特殊事情ではないだろう。一般に、一つの思想の生成には、その各段階に形成契機と創造契機との緊張関係をもたらす「生ける対象」が必要なのだ。












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一つの大きな思想へ接近方法としてのその諸源泉間の相互的三角測量

2017-04-29 17:10:47 | 読游摘録

 ビンスワンガーに限られたことではないが、独自の研究領野を切り開いたスケールの大きな思想家について、その思想の独自性をその思想家が受けた諸々の影響からだけ説明することはもちろんできない。しかし、その独自の思想の生成の諸契機を捉えるためには、諸々の影響関係それぞれについてその内容を理解し、それらをただ時系列に並べるだけではなく、相互の有機的関係を捉えなくてはならない。
 昨日の記事で紹介したビンスワンガーのモノグラフィーの著者グロ(Gros)女史によれば、ビンスワンガーの思想にアプローチしようとするときに私たちは二つの相対立する誘惑に駆られる。一つは、ビンスワンガーの著作の中に見られる多種多様な著作家たちからの膨大な引用によって四方八方に引き回されるがままになること。もう一つは、それとはまったく逆に、ビンスワンガーの思想の発展段階を時系列に沿って三つに分け、その各段階にフロイト、フッサール、ハイデガーそれぞれからの影響と彼らそれぞれに対するビンスワンガーの批判とを対応させること。
 どちらのアプローチによってもビンスワンガー思想の生成過程を辿り直しつつその核心に迫ることはできないとグロ女史は考える。特に、時系列に重きを置き過ぎると、もっとも肝要な点を取り逃がすことになる。むしろ、思想の諸源泉の「三角測量」(« triangulation »)こそが求められる。一つの思想は、「真なるはじまり」から自発自展するものでもなく、「大いなる闇」といったような何か神秘的なものがその底にあるわけでもないのだ。
 グロ女史はただ「諸源泉の三角測量」(« une triangulation des sources », Caroline Gros, Ludwig Binswanger, op. cit., p.19)と一言記しているだけで、方法論としてそれを展開しているわけではない。もちろん、このモノグラフィー全体がこの方法の実践にほかならないと言うことはできる。それはそれとして、私にとってこれは思想史の方法論についてのとても示唆的な言葉だ。この言葉に込められているであろう方法論的含意を少しだけ私なりに発展的に言い換えてみれば、次のようになる。
 ある思想の諸源泉を博物館のようにただ時系列に静的に並べるだけでもなく、それらを一処にただ概念的に重ね合わせる思考の遊戯に終わるのでもなく、それら源泉間における相互的な三角測量を実行することで、ある思想の生成と構造をその現場において捉え、その思想が生きて働いている領野に自ら参加すること。











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フランスにおけるビンスワンガー研究の水準の高さを示す優れたモノグラフィー

2017-04-28 20:03:30 | 読游摘録

 先日の記事で言及したスタロバンスキーの文学芸術論集 La beauté du monde(『世界の美しさ』)の巻頭に置かれた Martin Rueff によるスタロバンスキーの知的伝記 « L’œuvre d’une vie » の中に、スタロバンスキーにおける文学と医学との連続性のいわば理論的支柱として、カンギレムの医学思想史とビンスワンガーの実存的精神医学とが挙げてあった(p. 68)。
 日本ではもうビンスワンガーはあまり読まれなくなっているのだろうか。みすず書房から刊行された五冊の翻訳のうち現在新刊で入手可能なのは『夢と実存』だけで、あとの四冊は品切れのようである。その『夢と実存』も、ビンスワンガーによる本文によってよりもそれに倍する長さのフーコーによる「序論」のおかげで売れているのだろう。
 ビンスワンガーといえば、フロイト、フッサール、ハイデガーからの影響を深く受けつつも、そこから打ち出した独自の現存在分析でその名が知られているわけだが、フランスにはその流れを汲む Ecole française de Daseinsanalyse という学会があって、現在もその研究活動を続けている。私自身その研究会で一昨年五月に発表したことがある(そのときの顛末についてはこちらの記事で話題にした)。
 そんなこともあって(これって何となく話を繋ぎたいときにめっちゃ便利な表現ですよね)ビンスワンガーのことはずっと気になっており、現在入手可能な仏語訳は全部手元に揃えてあるし、2009年に Les Éditions de la Transparence 社から出版された Caroline Gros のモノグラフィー Ludwig Binswanger も書棚に並んでいるのだが、いずれもなかなか手に取る機会がなかった。
 今日、先日話題にした「上がりなき双六」的読書の流れで、スタロバンスキー、アビ・ヴァールブルク、ビンスワンガーと来たので、Gros 女史のモノグラフィーを手に取って読み始めたら、止められなくなってしまった。
 明日から何回かところどころ摘録していく。











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芸術現象の本質について ― 中井正一のエッセー「うつす」を手掛かりとして

2017-04-27 16:10:37 | 講義の余白から

 今日の午後は修士一年の演習「近現代思想」の筆記試験であった。試験問題は三週間前にすでに学生たちに伝えてあり、今日の教室ではあらかじめ彼らが準備してきたノートや完全原稿を答案用紙に書き写すだけでいいようにした。というのも、試験時間が公式には一時間しかなく、何か少しでも読み応えのある小論文を書いてもらうには、試験当日に試験問題を知らせるのでは遅すぎるからだ。たった一時間で学生たちに何を書かせることができるというのか。私は彼らに一つの問題についてじっくり腰を据えて考えることを学んでほしいのだ。
 まださっと目を通しただけだが、期待通り、七人全員読み応えのある答案を書いてくれた。こちらもじっくり読ませてもらってから、採点しよう。
 序だが、一つの演習につき二つの成績をつけることになっていて、一つが筆記試験の点数、もう一つがレポートの点数に対応する。レポートの課題は一月以上前に出してあって、その締切りは今月末。すでに二人は提出済み。課題は、「現代社会における自然美・人工美・芸術的美の現実的相互関係あるいはその可能的相互関係について論ぜよ」というもの。現代社会一般について論じでもいいし、日本社会に特化してもいい。中国人留学生の女子は、中国社会と日本社会の比較研究でもいいかと聞いてきたから、もちろんそれでもいいと答えた。
 今日の試験問題については、4月6日の記事で言及したので繰り返さない。ただ、答案作成上、中井正一の芸術論的エッセー「うつす」を必ず何らかの仕方で参照すること、という条件をつけたので、そのエッセイの冒頭に引用されている印象深い古代インドの物語をここに引いておきたい。同エッセーの全文はネット上の青空文庫で読むことができる(同エッセーの初出は『光画』という写真雑誌の1932年7月号)。

 インドの王様が ― たいていの物語はこれで始まる ― 二人の画家に壁画を描かしめた。その壁は相面した二つの巌壁である。ようやく期日が迫るにあたって、一人の画家は彩色美しく極楽の壮厳を描きあげていった。しかるに他の一人の画家はいっこう筆を取らない。ただ巌壁を磨いて絵の下地をのみ造っている。ついにかくして、その日はきた。王様は大きな期待をもって巌壁を訪れた。一方の壁は七宝の樹林、八功の徳水、金銀、瑠璃、玻璃、をちりばめたる清浄の地が描かれている。まさに火宅の三界をのがれて、寂かに白露地に入るの思いがあった。王はうっとりとそれに見入るのであった。ようやくひるがえって他の一方の壁に王は視線を向ける。突如、索然たる空気が人々を覆った。そこには何も描かれてはいなかったのである。王の顔色にはあきらかに不快の徴しを現わした。「描かれてはいないではないか。」しかし、その問いよりも画家の答のほうが人々を驚かせた。
 「よくごらん下さりませ。」三度の問いに対して、三度の同じ答えが繰り返された。そして長い沈黙が巌壁を支配した。どこよりともなく、誰によってともなくうめき声が洩れはじめる。そして、それはついに賛歎となってすべての人々をも囚えた。王もまた三嘆之を久しうして去ったという。すなわち、鏡のごとく磨かれたる壁にはあい面して描かれたる寂光の土がうつしだされて、あまつさえそこに往来する王様の姿もが共にあい漾映して真の動ける十万億仏土を顕現したるがさまであったという。
 画家の機知もさることながら、このミトスの中にはかなり深い意味で、芸術現象の本質的なる構造をあらわにしていると思う。

 中井はこの後「うつす」という動詞の多義性を手掛かりに芸術現象の本質についてとても示唆的な考察を展開していく。エッセーの終わりの方では特に写真と映画の芸術としての可能性に言及している。現代日本ではあまり読まれている著作家とは言えない中井だが、もっと注意深く読み直されてもいいだろうと思う。












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治癒するとはどういうことか ― ビンスワンガー/ヴァールブルク『限りなき治癒』

2017-04-26 23:59:59 | 読游摘録

 二十世紀の偉大な美術史家の一人として著名なアビ・ヴァールブルク(1866-1929)は、1918年、重篤な精神疾患に陥る。第一大戦におけるドイツの敗戦は自分の責任であるという妄想に囚われ、まず家族を拳銃で殺してから自殺しようとまで思いつめる。1921年、スイスのクロイツリンゲンにあるルートヴィヒ・ビンスワンガーの神経科医院に入院する。1924年、同医院の医師や患者たちを前に「蛇儀礼」についての学術講演を行い、精神疾患から治癒したことを証明し、退院する。
 この1920年代のヨーロッパにおける精神の危機を象徴するような出来事に関わる文献資料を一冊に初めてまとめた本がイタリアの出版社 Neri Pozza Editoreから La guarigione infinita. Ludiwig Binswanger, Aby Warburg というタイトルで2005年に刊行された。二年後の2007年にはその仏訳 La guérison infinie が Payot & Rivages 社から単行本として出版され、その四年後の2011年には同社の文庫版叢書 « Rivages poche / Petite bibliothèque » の一冊として簡単に入手できるようになった。私が所有しているのはこの文庫版
 本書には、ビンスワンガーによるヴァールブルクの症状と経過に関する所見、当時のヴァールブルクの手紙および自伝的断片、ヴァールブルク退院後両者の間に取り交わされた書簡などが収められ、それに編者に解説、別の研究者による後書き付されている。
 本書は、単に一つの特異な症例研究に関する興味深い第一次資料集にとどまるものではなく、「治癒するとはどういうことか」という精神医学における根本問題に正面から向き合うことを私たちに促す。











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「上がり」のない双六のような果てしない思考の遊戯

2017-04-25 22:57:02 | 雑感

 今日の記事の中身は、場末の酒場のカウンターでこぼすような独り言です。
 拙ブログの記事を毎日書いていて、「上がり」のない双六で飽きもせずにいつまでも一人遊びをしている子供みたいだなあと、時々、いや、しばしば、思います。あれこれ経巡っていても、結局一枚の紙の上に描かれた経路の中を行きつ戻りつしているだけのことで、いつまでたっても「上がり」に到達することはないし、その紙上経路の外に出ることもありません。
 そのような果てしない堂々巡りに関して、それぞれの記事で言及されている偉大なる著作家たちにはもちろん何の罪もありません。こっちの小さな頭の中に渦巻いている他愛もない考えが勝手に広がったり、こんがらがったりしているだけの話なのです。とどのつまり、その枠の中であれこれの著作家に好き勝手に言及しているに過ぎないのです。
 まあ、それでも、そのような読書遊戯に耽っているこちらとしてはそれを面白がっているわけだし、ときには自分なりの「発見」もあったりしてそれに興奮することもあるのだから、それで誰も傷つけることがないのならば、罪のない独り遊びだと言えるかもしれませんが。
 最近の記事内容に即して言えば、本居宣長、ルソー、スタロバンスキー、プルーストと「駒」が進んだと思ったら、今日はスタロバンスキーの精神医学の分野での半世紀を超える仕事をまとめた L’encre de la mélancolie (Seuil, 2012)を覗いていて、ビンスワンガー、アビ・ヴァールブルク、カンギレム、アンリ・マルディネへと空想の「駒」が進んで、あらためて自分の関心領域の限界に気づかされるというか、ああそうか、こんな「子供の領分」を地に足が着かないままに自分の思考は遊び回っているのか、と、そう望んだわけでもないのにいきなり鏡の前に立たされて自分の貧相な姿と対面させられたかのようにちょっと落ち込んでいると言ったらいいでしょうか。
 言及された著作家たちの名誉のために繰り返しますと、彼らの偉大なる業績と私の精神の狭隘さとの間には何の関係もありません。その関係のなさがまた一層悲哀を募らせるのではありますが。











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スタロバンスキー「文学と世界の美しさ」(承前)― 美の印象からその表現へと至る長く複雑なプロセス

2017-04-24 23:59:59 | 哲学

 例えば、旅行中に美しい風景に出会い、それこそ言葉を失うほどに感動するということは誰にでも起こりうることだろう。そんなとき、今ではほとんどの人がその風景を写真に撮ろうとするだろう。なにも本格的な一眼レフでなくても、スマホさえあればいとも簡単にできることだ。
 そのとき私たちはいったい何を撮ったのだろうか。言葉を失うほどの感動を私たちに引き起こした印象を「そのまま」記録したのではないことは確かだ。もちろん、後日、そのとき撮った写真を見ることで、そのときの感動を想い出す、さらにはまさにそのときのようにそれを生き直すということも場合によってはあるかもしれない。
 昨日の記事で読んだプルーストの『失われた時を求めて』の一節は、しかし、それとはまったく別の経験を語っている。最初の美の印象とそのときの言葉の表現との間の乖離・不協和がなぜその美を再び見出すための表現への義務と欲求を引き起こしたのだろうか。これは誰にでも起こることではない。たとえそのような乖離・不協和を実感したとしても、それだけで最初の美の印象に忠実な「透明な」表現が後日自ずと与えられるわけではない。それは一定の環境と条件が与えられれば必ず起こる化学反応のようなものではない。
 いかにしてそのような美の表現は可能になったのだろうか。そもそもなぜ美の知覚は可能だったのだろうか。プルーストの一節に最重要な哲学的教えが示されていると考えるスタロバンスキーは、印象(impression)から表現(expression)へと至る長く複雑なプロセスを形成している諸段階を「文学と世界の美しさ」の中で一歩一歩明らかにしていく。











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スタロバンスキー「文学と世界の美しさ」―『失われた時を求めて』に見られる文学生誕の倫理的・哲学的契機について

2017-04-23 17:21:17 | 哲学

 昨日の記事で言及したスタロバンスキーの文学芸術論集 La beauté du monde の中でその編者 Martin Rueffによってスタロバンスキー自身による序論という位置づけを与えられているエッセイ « La littérature et la beauté du monde » には、文学と世界の美との関係についての考察を通じて、文学生誕の契機、美の知覚とその深化、印象と表現との関係などについてとても重要な哲学的・倫理学的洞察が展開されている。
 私たちを取り巻いている世界が思いもかけず見せてくれるその美の一面を前にして、それに触れられかつ触れることで深く心を動かされると同時に、その感動的な光景を言葉によって十全に表現できないもどかしさを感じることは誰にも多かれ少なかれあることだろう。
 しかし、そのとき、感動に相応しい言語表現の欠如、前者の豊穣に対する後者の貧困が感動する者の心に罪悪感を引き起こし、そこに真理と明晰さへの要求が生れるかどうかに文学の誕生にとって決定的に重要な契機がある。このことを、スタロバンスキーは、上掲の序論「文学と世界の美」の中でプルーストの『失われた時を求めて』第一篇『スワン家のほうへ』の一節の読解を通じて示している。
 スタロバンスキーが引用している『スワン家のほうへ』の箇所を原文のまま引く。

Après une heure de pluie et de vent contre lesquels j'avais lutté avec allégresse, comme j'arrivais au bord de la mare de Montjouvain devant une petite cahute recouverte en tuiles où le jardinier de M. Vinteuil serrait ses instruments de jardinage, le soleil venait de reparaître, et ses dorures lavées par l'averse reluisaient à neuf dans le ciel, sur les arbres, sur le mur de la cahute, sur son toit de tuile encore mouillé, à la crête duquel se promenait une poule. Le vent qui soufflait tirait horizontalement les herbes folles qui avaient poussé dans la paroi du mur, et les plumes de duvet de la poule, qui, les unes et les autres se laissaient filer au gré de son souffle jusqu'à l'extrémité de leur longueur, avec l'abandon de choses inertes et légères. Le toit de tuile faisait dans la mare, que le soleil rendait de nouveau réfléchissante, une marbrure rose, à laquelle je n'avais encore jamais fait attention. Et voyant sur l'eau et à la face du mur un pâle sourire répondre au sourire du ciel, je m'écriai dans mon enthousiasme en brandissant mon parapluie refermé : « Zut, zut, zut, zut. » Mais en même temps je sentis que mon devoir eût été de ne pas m'en tenir à ces mots opaques et de tâcher de voir plus clair dans mon ravissement (À la recherche du temps perdu, « Bibliothèque de la Pléiade », 1987, tom I, p. 153).

 スタロバンスキーは引用箇所の最後の文に特に注目する。この回想の中で想起されている当時の若き散歩者は、自分を取り巻く光景に恍惚となりながら、その光景について、不透明な言葉に自足することなく、より明晰に見ることを自分の義務として感じないわけにはいかなかった。しかし、その倫理的・哲学的要求はそのとき満たされることはなかった。
 世界が無償で私たちに贈与してくれている美に応えてそれに見合う表現ができないことに若き散歩者は罪悪感を感じる。世界に到来する外なる光に対して、より明度の高い言葉によって、つまり言葉の光によって応えなければならないのに、それができないことが少年の心に罪悪感を引き起こしている。
 外なる世界の美を享受する心から発するであろう内なるこの言葉の光は、しかし、長い経験と修練を必要とする自己解読と明晰化作業との結果としてしか獲得され得ない。上掲の見事というほかない叙述がそのことを自ずと証示している。











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世界への愛のための批評 ― ジャン・スタロバンスキー文学芸術論集『世界の美しさ』

2017-04-22 23:59:59 | 読游摘録

 昨年ガリマール社の « Quarto » 叢書の一冊として Jean Starobinski, La beauté du monde. La littérature et les arts が刊行された。百点余りのエッセイからなる文学芸術論集である(1340頁)。巻頭には、編者 Martin Rueff による « L’œuvre d’une vie » と題された二百頁近い伝記的エッセイが据えられている。父親の代から始まるきわめて詳細なもので、その中には多数の写真も収録されている。
 論集のはじめには、スタロバンスキーが 1992年に発表した « La littérature et la beauté du monde » が論集全体の序論として置かれている。
 論集本体は大きく文学と芸術に分かれ、前者は詩と散文に、後者は絵画・彫刻と音楽にそれぞれ分けて編集されている。しかし、前者約七百頁のうちで散文の占める割合はその十分の一ほどに過ぎない。詩、絵画、音楽については、それぞれの分野の専門家による解説文が付されている。
 文学芸術の分野でのスタロバンスキーの広大な批評領域を一望することができる本書は、編者による « Pour tout l’amour du monde. Au large abri du ciel » と題された後書きによって締め括られている。
 批評(la critique)はなぜ必要なのだろうか。それがなお必要であるとすれば、それは人間たちの巨大な砂漠の中で私たちの眼差しを方向づけるためであり、その「眼を持つ」ために私たちはジャン・スタロバンスキーを必要とするだろう。そして、それはよりよく生き続けるためなのだ。そう編者は後書きの最後の段落に記している。そして、その後書きはこう結ばれている。

Face à la beauté du monde et à tout ce qui ne cesse de la menacer, nous avons la critique. La critique, pour tout l’amour du monde.

世界の美しさとそれを脅かし続けるあらゆるものを前にして、私たちは批評を持っている。批評を、世界への愛すべてのために。










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フランス、あるいはテロリズムの温床としての「未来なき大国」

2017-04-21 16:13:04 | 雑感

 昨晩、ブリュッセルから戻り、一息ついたところでテレビのスイッチを入れ、フランスでまたテロがあったことを知る。犯行現場はパリのシャンゼリゼ通り。犠牲になったのは警官。一人が亡くなり、二人が重傷という。殉職された警官の方には心からの哀悼の意を捧げる。重傷を負われたお二人の一日も早い回復も心より願う。
 犯人は単独犯で犯行直後に射殺されたが、内務省は他に関与した人物があると見て捜査中という。イスラム国は犯行後一時間ほどで犯行声明を下部組織の通信社からアラビア語で発表させている。
 今回のテロは大量殺戮が目的ではない。シャンゼリゼ通りというフランスの首都を代表する中心地で治安警備に当たる警官を標的にしたのは、テロリストたちによるフランスの官憲に対する公然たる新たな「宣戦布告」のように私には見える。もちろん、犯行時で三日後に迫っていた大統領選挙を撹乱するという意図もあっただろう。
 テロ対策は今回の大統領選の焦点の一つであるから、当然のこととして、極右政党の候補者は言うまでもなく、他の有力候補者たちも、昨日のテロを受けて、テロ対策の強化を施政方針とする声明をそれぞれに発表している。
 しかし、私が見るところ、このようなテロ対策の厳格化方針は、イスラム国の術中にはまることにしかならない。テロ対策が進めば進むほど、一時的にはテロを沈静化させることができても、結果としては、テロリストたちをさらに先鋭化させ、過激化させるだけだからである。
 誰も本当の問題を正面から見据えようとはしていない。本当の問題は、移民でもイスラム原理主義でもない。移民を排除しても、イスラム原理主義を撲滅しても、テロリズムはなくならない。法的措置や経済政策で解決され得る問題でもない。不均衡な社会構造が「他者」への差別と憎悪の生成・増幅装置であり続けるかぎり、テロリズムの「温床」はその社会内に保持され続ける。テロリストたちはそのことをよく知っている。同様な私見を2015年11月13日のパリでのテロを受けてその翌日の記事で述べているが、そのときから現在に至るまでフランス社会の構造に有意味な変化は何も起こっていないということである。
 大統領選挙の第一回投票が明後日の日曜日に迫っているというのに、有権者約4700万人の四分の一がまだ誰に投票するか決めかねているという。今回のテロが支持率に与える影響は限定的だろうと私は見ている。いずれの候補者のテロ対策も実現可能性・実効性の点で十分な説得力を持っていないからだ。
 だれが大統領になっても、フランスは変わらないし、変われない。確かなことは、よりよい社会にはならない、ということだけである。輝かしくも爛熟せる文明を二十世紀までに蕩尽してしまったこの国にもう「未来」はない。しかし、それでも人々は生きていく。私も「移民」の一人として。



 











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