内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

来月は書籍購入禁止月間です

2022-03-31 23:59:59 | 雑感

 コロナウイルスには一向に感染しないのに、昨年十二月に「罹患」した「書籍購入熱」は今月まで四ヵ月に渡って症状が軽快することがなく、家計が破綻するような狂気の沙汰的な買い方はしていないにしても、さすがにこれは心身に悪影響を及ぼすのではないかと漠然と心配になり、来月一ヶ月間は「書籍購入禁止月間」とすることに私的「満場一致」で決定いたしました。
 その前にこれだけはどうしても買っておかねばと、Robert BadinterL’exécution, L’abolition, Contre la peine de mort の三冊の電子書籍を慌てて「駆け込み購入」いたしました。三冊で 18,47€ ですから大した出費でもありませんでした。なぜこの三冊を買ったかというと、明日金曜日のメディア・リテラシーの授業で、日本の死刑問題を扱うからで、その話の枕に上掲の三冊を使おうと思ったからです。
 書籍購入禁止月間といっても、例外はあります。「教育並びに研究のために直ちに必要とされる書籍に関しては、価格制限なしにそれらをいつでも購入することができる」という「特例条項」があるのです。
 では、禁止されたのはどのような書籍類かというと、以下のように分類されております。第一類「教育並びに研究のためにその必要性が認識されているが、一ヶ月以内に購入する喫緊性がない書籍」、第二類「教育並びに研究のために参考文献として購入することの正当性が既に証明されているが、その購入の必要性が第一類を上回らない書籍」、第三類「教育並びに研究ためにもしかしたら役に立つかもしれない書籍」、第四類「さしあたり教育並びに研究のための有用性は認められないが、後日それが判明する可能性のある書籍」、第五類「およそ教育にも研究にも関係なさそうだし、さして関心もないが、それはもしかするとこちら側の認識不足が理由である書籍」、第六類「趣味として読みたいが、来月読む時間がない書籍」、第七類「別に買わなくてもよいが、特別割引期間中だからという理由だけで購買欲をそそられる書籍」。
 列挙していてバカバカしくなってきたのでもうやめます。そんな暇があったら来月中に読まねばならぬ本を今すぐ読みはじめるべきだと気づきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「ロゴスの世界は、失われてゆくばかりではないか」― 白川静『孔子伝』「文庫版あとがき」より

2022-03-30 15:35:06 | 読游摘録

 白川静の『孔子伝』の「文庫版あとがき」は平成三(一九九一)年一月に記された。その前々年一九八九年十一月九日にベルリンの壁が崩壊した。ソ連崩壊は「文庫版あとがき」が書かれた年の一二月二五日のことである。白川静は前者の事実を前提とし、後者が間近なことを感じながら、こう記している。

 一九九〇年は、歴史の上では極めて記念すべき年となるのではないかと思う。歴史の上で、かつてみたことのない巨大なノモス的世界が、壁がたおれるように音をたてて崩壊するという、信じがたいような歴史の現実を、我々はたしかにこの眼でみた。

 スターリンの内部粛清二千万人という説は、必ずしも虚誕ではあるいまいとして、こう続ける。

 今、その世界が崩壊しつつある。「プラハの春」以来、二十年以上もくすぶりつづけてきたものが、いま一瞬にしてもえ上ったのであろう。大きな一つの幻影が、歴史の上から消えようとしている。

 だが、その「大きな一つの幻影」が最後の幻影ではなかったことを今私たちは知っている。いや、それどころではない。歴史とは、幻影に踊らされる時期、その消滅後の束の間の覚醒・希望あるいは幻滅・彷徨期、そしてまた新たな幻影の登場とそれへの熱狂の時代、この繰り返しではないのかとさえ疑いたくなる。

学術の問題を論じているときにも、その意識の底に連なる何らかの現実がある。そのような現実がなくては、なかなか研究に情熱を傾けうるものではない。

 白川自身は、まさにこの現実との連なりを底に秘めつつ、巨大な学問的業績を遺した。『孔子伝』初版の中公叢書版の帯には、吉本隆明が推薦の言葉を寄せていたように記憶している。おぼろげな記憶に過ぎないが、大学闘争の真っ最中にも白川静の研究室にはいつも深夜まで煌々と灯が灯っていたと言われ、その後姿を想像すると、べそをかきそうになる、およそそのようなことが書かれてあったように覚えている。
 「文庫版あとがき」はこう結ばれている。

 孔子の時代と、今の時代とを考えくらべてみると、人は果たしてどれだけ進歩したのであろうかと思う。たしかに悪智慧は進歩し、殺戮と破壊は、巧妙に、かつ大規模になった。しかしロゴスの世界は、失われてゆくばかりではないか。『孔子伝』は、そのような現代への危惧を、私なりの方法で書いてみたいと思ったものであるが、もとよりそれは、おそらく私の意識のなかの、希望にすぎなかったかも知れない。

 その希望を共有するために、今なお、いや今こそ、『孔子伝』は読まれるべきなのではないかと私は思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「孔子は最も狂者を愛した人である」― 白川静『孔子伝』「文庫版あとがき」より

2022-03-29 14:17:37 | 読游摘録

 白川静が『孔子伝』を書くきっかけとなった気がかりなことは、勤務大学の紛争のほかにもうひとつあった。それは当時の中国の「異常な事態」である。1965年に始まった文化大革命はすでに四境辺土の隅々にまで横行していた。すべての出版物は、巻頭に特大の文字で『毛主席語録』の一節を掲げた。雑誌には研究も作品も姿を消して、ただスローガンのみが氾濫した。しかしこのすさまじい喧噪のなかで、一体何が起こっているのかは、外部からは知る由もないことであった。

それはノモス的な大きな力で、是非の区別もなく焼き尽くしてしまうほどのものであるらしい。[…]内外すべて、ノモス的な幻影が世をおおうている。多分孔子も、このような時代に生きたのであろう。哲人孔子は、どのようにしてその社会に生きたのか。孔子はその力とどのように戦ったのか。そして現実に敗れながら、どうして百世の師となることができたのであろうか。私はそのような孔子を、かきたいと思った。社会と思想と、その人の生きざまと、その姿を具体的にとらえたいと思った。ただ私は研究者であるから、それがそのまま一部の精神史であり、思想史であることを意図した。そのため孔子の周辺のことや、思想の系譜についても、注意を怠らなかったつもりである。

 文革中、孔子は孔丘とよびすてにされ、奴隷制度の擁護者として非難された。文革が終わり、孔子は再評価を受け、名誉を回復した。
 しかし、文革終熄後まだ十年もたたぬうちに、再び天安門事件が起こる。89年6月4日未明、戦車なども出動する武力鎮圧によって、学生や市民数百名が死亡した。
 その年、白川静は、「狂字論」という文章を書いた。中国における狂の精神史を通観することを試みたものである。

孔子は最も狂者を愛した人である。「狂者は進みて取る」ものであり、「直なる者」である。邪悪なるものと闘うためには、一種の異常さを必要とするので、狂気こそが変革の原動力でありうる。そしてそれは、精神史的にも、たしかに実証しうることである。中国においては、その精神史的な出発のところに、孔子の姿がある。そのことは『孔子伝』にもいくらかふれておいたが、『孔子伝』では及びえなかったその精神史的な展開を、そこでたどろうとした。あらゆる分野で、ノモス的なものに対抗しうるものは、この「狂」のほかにはないように思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


『論語』と『聖書』、「敗北者のための思想」― 白川静『孔子伝』より

2022-03-28 23:59:59 | 読游摘録

 先日の記事でちょっと触れた白川静の『孔子伝』(中公文庫 2003年)をこれから読んでいきたい。この本の初版が中央公論社から中公叢書の一冊として刊行されたのは昭和四十七年(1972)、いまからちょうど五十年前である。その数年後に購入して読んだ記憶がある。しかし、情けないことに、中味はほとんどきれいさっぱり忘れている。名著に対して大変申し訳ないことだが、読み手であるこちら側の理解の程度が低すぎたということである。
 巻末に「文庫版あとがき」が収められている。日付は平成三年一月となっているから、現行の文庫版の前身の中公文庫版に付されたものの再録であろう。初版刊行後約二十年後に書かれた文章である。そこから読み始めたい。本書についての感想を述べるのは後回しにして、この「あとがき」から摘録し、著者がどのような状況で『論語』を読み直し、どのような孔子像を刻もうとして『孔子伝』を書いたか、まず見ておきたい。
 『論語』を教室の講義のためでなく、自らのために読んだのは、敗戦後のことだったという。机辺には、『論語』と『聖書』とがあった。

別に思想としての要求や、入信をもとめてのことではない。暗い海の上をひとりただようて、何かに手をふれておりたいという衝動があった。それには、どのような角度からでも接近できるものが、よかったのであろう。それで順序も立てず、ながめるようにして読んだ。そして読むうちに、この二つの書が、敗北者のための思想であり、文章であると思うようになった。読んでいると、自然に深い観想の世界に導かれてゆくような思いであった。

 戦後の混乱期から次第に秩序も回復され、研究生活への戻っていかれた著者は、昭和四十三年、勤務校での大学闘争が一応沈静化したのち、孔子論を書くきっかけについてこう記している。

紛争は数ヶ月で一おう終熄したが、教育の場における亀裂は、容易に埋めうるものではない。特に一党支配の体制がもたらす荒廃は、如何ともしがたいもののようである。私はこのとき、敗戦後に読んだ『論語』の諸章を、思い起こしていた。そして、あの決定的な敗北のなかにあって、心許した弟子たちを伴いながら、老衰の身で十数年も漂白の旅を続けた孔子のことを、考えてみようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「従来の注釈をのりこえて、本文にそのまま飛び込む」― 貝塚茂樹訳注『論語』「解説」より

2022-03-27 01:07:44 | 読游摘録

 昨日の記事の続きです。
 しかし、まさにこの平凡きわまることにほかならない「最高の非凡さ」ゆえに、「『論語』の言葉を正しく理解することは、じつは逆説的に至難なこと」でした。古代から有名無名な膨大な量にのぼる注釈書が書かれたのもそれゆえのことで、今日も、この逆説的な至難に直面することなしに『論語』を読むことはできません。それは貝塚先生ご自身もそうでした。「無数の注釈のなかから穏当な説をえらびだすのに苦しんで、どうしても筆を下すことができなかった」と訳注執筆前の自分の状態について述べられています。
 実際に注釈に取り組まれて、先生ご自身の新解釈を打ちされた箇所も少なくありませんが、その点について以下のように述べて「解説」を締めくくられています。

 この新解釈があたっているか否か、さらに検討を要することは私もよく意識していたが、この新解釈によって、従来の注釈をのりこえて、本文にそのまま飛び込む態度がきまったことが重要であった。注釈をこえて本文に直面することによって、私はいくつかの発見をした。そのあるものは、『論語』のもっとも難解とされた本文をはじめて明らかにし、また先人の気のつかなかった歴史的な解釈をおこなうことに成功した。はじめから私は別に新説を出すことを意図したわけではなかったが、本文に直面するうちに、自然に新解釈がでてきたのである。平凡にして非凡な孔子の真面目が、この新説によって、従来の注釈より、ずっと発揮されていると私は今でも自信をもっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「平凡きわまることこそ、じつは非凡、最高の非凡さ」― 貝塚茂樹訳注『論語』「解説」より

2022-03-26 10:18:15 | 読游摘録

 昨日の記事の終わりに引用した貝塚先生の「解説」の続きです。『論語』は二千数百年の間読まれ続けてきたわけですが、貝塚先生は、今あらためてその理由を考えてみると、「よくわからない」と仰っています。その上で、こう問いを立てられます。

 孔子の『論語』を古代の聖人賢者である釈迦やソクラテスなどとくらべて、いちばんに感ぜられるのは、その言葉が一見非常に平凡で、ちっとも非凡なところがないことである。このすこしも非凡でなく、一見平凡きわまる孔子の言葉が、どうしてこんなに世に伝わり、不朽となったのであろうか。

 この問いの答えの手がかりを『論語』そのもののうちに探るべく、いくつかの箇所を引用した上で、こう結論づけられます。

『論語』のなかにあらわれる孔子のこの控え目な言動は、それは一見平凡きわまるように見えるが、こういうことを考え合わせると、この平凡きわまることこそ、じつは非凡、最高の非凡さなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


忘却を超えるもの ― 貝塚茂樹訳注『論語』「解説」より

2022-03-25 23:59:59 | 読游摘録

 現代の私たちは、紙媒体であれ、電子媒体であれ、書かれた文章であれ、口頭で発表されたものであれ、それらのデータをいとも容易にリアルタイムで迅速にそして永続的に保存することができます。この点で現代が人類史上最も高度に進歩した時代であることは論を俟たないでしょう。しかも、私たちが日々利用している記憶媒体は、まさに日進月歩で、より小さくて軽くて容量がより大きくて、しかも扱いがさらに簡単な製品が続々と開発され続けています。
 しかし、まさにそうであるからこそ、そうして保存され続け無限に増大するデータのほとんどは、ごくわずかの人たちにだけ知られ利用されるか、あるいは誰にも知られずにやがて廃棄されるほかありません。
 他方、そうした埋もれかけた膨大なデータの中に貴重な情報が含まれていて、何年も、何十年も、いや何世紀も経ってから、それらが(再)発見され、その未来の時代の人たちの役に立つという可能性もあります。ですから、役に立つかどうかは別として、とりあえずデータを保存しておくことは無意味ではないだろうと私は思っています。
 翻って、紙そのものがまだ存在しなかった古代のことを考えると、いや、そこまで歴史を遡らなくても、長期間に渡って保存可能な記憶媒体の存在しなかった時代のことを思うと、いったいどれだけの貴重なデータが永遠に失われてしまったのか、まったく想像もつきません。それを嘆いても仕方のないことですが、他方、そんな条件下で二千数百年の時を超えて今日まで保存されているデータがあるということは、ほとんど奇跡のようにも思えます。
 こんなことをぼんやりと考えたのは、貝塚茂樹訳注『論語』の解説の次の一節を読んだことがきっかけでした。

 紀元前五世紀、いまから二千四百余年まえの中国には、まだ紙はなかったので、書物はすべて、竹や木の細い札の上に一行ずつ書いて、綴り合せて巻物としたものであった。たいへんかさばるので、書物はあまり多く流通していなかったし、だいたい孔子自身が自分で自分の思想を本に書こうともしなかった。それは高い徳をそなえ、謙遜な人柄であった孔子だから、とくに他人に自分の思想を宣伝しようとしなかったからではない。当時の社会には今のように、自己の考えを本人が書くという習慣がなかったのである。
 書写の技術も未発達で、印刷術発明以前のこのころは、言葉は人から人へ、口頭で伝承された。有名な政治家や学者などがいった言葉はすぐ口頭で世の中に伝わっていく、自分の言葉が永久に残り、思想が不朽となることは最高の名誉だと人びとは考えていた。その切なる願いにもかかわらず、同時代の人びとの言葉はほとんど大部分が忘却されてしまって、ただ孔子の言葉が『論語』として二千五百年の間に、中国のみならず、東は朝鮮半島を通じで日本にも伝わり、東アジアのあらゆる知識人によって愛読されつづけてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


孔子の人生の中の「不惑」― 貝塚茂樹訳注『論語』より

2022-03-24 23:59:59 | 読游摘録

 『論語』を読んだことがない人でも、「不惑」という言葉は知っているか、どこかで聞いたことがあるでしょう。でも、最近はあまり使われなくなっているのかも知れないですね。平均寿命が伸長し、四十歳になっても、ようやく人生の折り返し地点か、その少し手前であり、充実した人生をそれまで送られてきた方はまだまだ発展途上でしょうし、逆にいまだに迷いっぱなしだったという方もあるでしょう。私は言うまでもなく後者の部類で、しかも「耳順」を過ぎていまだに「不惑」からはほど遠く、「天命」を知る前に「お陀仏」(これももう死語に近い?)でしょうね。
 さて、この「不惑」、『論語』の諸注釈を読んでもピンとこないことが多いのではないでしょうか。貝塚『論語』は、正当にも、「古注には「疑惑せず」となっているが、いったい何について「疑惑しない」のだろう」と問い返し、朱子の注解「事物のまさにしかるべき当然の理について疑いがなくなった」について、「抽象的解釈にすぎない」と、小気味よくバッサリ切り捨てています。
 貝塚『論語』には、このあまりにも有名な一章にとても長い注が付いていて、それぞれの年齢における孔子の人生経験と対応させて解釈しています。「不惑」についても以下の通りの長い注解がついています。

孔子が三十六歳のとき、魯の昭公が国政の指導権を豪族の三桓氏(孟孫・叔孫・季孫の家老三家)から奪いかえそうとしてクーデターを行って失敗し、斉国に亡命した。昭公を支持した孔子は、その後を追って斉国におもむいた。その後七年間、魯では空位時代がつづき、前五一〇年、昭公が亡命さきの斉国で病死したのち、前五〇九年、故国では定公が即位する。この時代の年齢階層では、四十歳を強といい、ここで仕官することになっている。四十歳の峠にさしかかり、愛国者であった孔子は非常に悩んだにちがいないが、まだ昭公の在世中かおそくともその死後、定公即位の年、つまり孔子四十四歳のころまでには仕官していたと推定されている。この「惑わず」とは、この孔子が昭公への忠誠と故国への思慕との矛盾をこえて、帰国の決意をしたことをあらわしている。彼がこれまで学習によってあきらかにした周の礼、それが三桓氏によってふみにじられている。それをどうしても復興しなければならない。そのためには帰国して現実の魯の政権に仕え、地位を得なければならないとさとったのである。

 実に具体的かつ生き生きとした注解ですね。これだと何に「惑わず」なのか、腑に落ちます。貝塚先生はこの章全体について次のように述べていらっしゃいます。

これは、孔子が晩年に自分の生涯をふりかえった、感慨のこもったことばである。今までの注釈は、もっぱら教養によって聖人の域に至った過程を述べたものとして、われら凡人どもの精神修養の助けとして読む態度で解釈してきた。そういう読み方は一つの読み方、いや一つどころかたいへんりっぱな読み方ではある。しかし、万事控えめで、非常に反省心が強く、自己を誇らない孔子が、いつも苦難に満ち、試練にさらされて成長してきたその生涯を、無限の感慨をもってふりかえっての発想を、じゅうぶんにくみとっていない。

 貝塚『論語』を読んでいると、生ける孔子の肉声の息吹に触れる思いがします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「煮つめてとっておいたスープを、もう一度あたためなおして飲むように」― 貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)より

2022-03-23 12:34:22 | 読游摘録

 我ながらまったくもってさもしい奴だと自嘲せざるを得ませんが、昨日のうっかり購入の「損失」に昨晩はずっと臍を噛み続け、床中輾転反側いたしておりました。というのは、さすがに嘘ですが、気分がスッキリしなかったのは事実です。
 今朝は、一転、これはもうその損失分を購入した本を真剣に読み込むことで取り戻すしかない、とわけのわからない決意を起き抜けにいたし、五時前から白川静著『孔子伝』と貝塚茂樹訳注『論語』をところどころ読んでおりました。どちらもなんと味わい深い名著であることでしょう。前者についてはまた日を改めて話題にするとして、貝塚先生の名訳とさりげないが大事なことを指摘している注解をちょっとだけ覗いてみましょう。

  子曰く、故きを温めて新しきを知る、以て師と為すべし。
  子曰、温故而知新、可以為師矣、
先生がいわれた。
「煮つめてとっておいたスープを、もう一度あたためなおして飲むように、過去の伝統を、もう一度考えなおして新しい意味を知る、そんなことができる人にしてはじめて他人の師となることができるのだ」
*孔子はたんなる物知り、過去のことをよく記憶しているだけでは学者にはなれないと考えたのであろうが、そこまではいわずに、物知りでは他人の先生になれないと控えめに述べている。

 「煮つめてとっておいたスープを、もう一度あたためなおして飲むように」というところが実にいいですね。これは漢の鄭玄の古注にしたがって、「温」を冷えた食物をあたためなおすという原義にとったところから出て来た現代語訳ですが、ここを読んだだけで、古典の読み方のコツのようなものが言葉の「温もり」とともに伝わってきはしないでしょうか。
 本文庫版の母体となっているのは、1966年刊の『世界の名著』の一冊として刊行された全訳であり、この文庫版の初版は1973年に刊行されていますから、すでに長年座右に置かれ熟読されている方も少なくないと拝察いたしますが、まだお手にとったことがない方は、これを機会に購入されることをお勧めします。こういう名著を味読するには、やはり紙版がいいですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


電子書籍うっかり購入記

2022-03-22 23:59:59 | 雑感

 実にしょうもないうっかりミスの話である。
 最近は試してみてもいないから、あるいはもしかしたら今では可能になっているのかも知れないが、海外から AMAZON.co.jp で電子書籍を購入するにも日本国内で発行されたクレジットカードが必要で、日本以外の国で発行されたカードでは購入できない。これは私のような海外在住者で日本の銀行に口座をもっていない者にはとても不便な制約である。
 しかたなしに、そういう制約がないハイブリッド型総合書店 Honto をもっぱら利用している。かれこれ五年ほど利用しているが、購入冊数は千四百冊を超えている。たいへん重宝していると言ってよいのだが、この書店にも欠点がある。それは、電子書籍を通常購入した場合、購入直後であってもキャンセルが不可能なことである。うっかり誤って購入ボタンをクリックしてしまうと、もうキャンセルできない(ただし、「ワンステップ購入」の場合、購入後四日間はキャンセル可能)。
 今日、そのうっかり購入をしてしまった。今月末まで中央公論新社の本が30%引きなので、この機会に何冊か購入しようと思い、デュルケーム『自殺論』(宮島喬訳)、貝塚茂樹訳注『論語』、白川静『孔子伝』をカートに入れた。割引価格で購入するためには、まず該当する割引クーポンを選択し、割引価格に変更してから注文を確定する。これまで数え切れないほど繰り返してきた手順なのに、今日に限って、うっかり注文確定ボタンをいきなりクリックしてしまった。もうキャンセルできない。「魔が差した」とはまさにこのことである。
 三冊の定価購入価格はしめて 4395円で、その三割は1319円である。つまり、まったく同じ本を購入するのにそれだけ損をしたことになる。うっかりミスをしたのは自分であり、本屋を責める理由はまったくないのだが、とても腹立たしい。
 うっかりミスはだれにでもありうることじゃないか、通常購入後もせめて一時間くらいはキャンセル可能にしてくれてもいいじゃないか、と「後の祭り」の恨み言をブツブツ未練がましく呟きながら、購入した三冊を拾い読みし、「やっぱり名著はいいよなあ」と負け惜しみを独りごちて自分を慰めているところである。