内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

ブログの私にとっての二つの効用 ― 研究の下準備と感情の対象化

2017-01-01 23:25:56 | 雑感

 皆様、あけましておめでとうございます。

 二〇一三年六月二日に始めたこのブログも今日から五年目に入ります。この三年半、一日も休まずに投稿できたことは、それを可能にする条件が恵まれたからこそであり、それを本当に幸いなことだと二〇一七年元日の今日もあらためて思っています。
 その間、ただその時の取り留めのない感情を記しただけの日もありましたが、とにかく毎日一定の時間をブログのための文章を書くことに充てるという習慣が自分の生活の中に確立したことは、私の生活に少なくとも以下の二つの効用をもたらしました。
 一つには、まだはっきりとした形を取る前の研究テーマについてそれほど気負わないで書き始めることが習慣化したことで、いくつかのテーマについて自ずと下準備が整い、実際に原稿を書き始めるときにそれが草稿として役に立つようになりました。このブログの記事が基になって生まれた論文や発表原稿はこれまですでに十余りあります。それに、ブログの中でいくらか展開しただけでまだ使えていないアイデアも少なくありません。
 このジャンルの記事は、専門領域と学問的関心を何らかの点で共有できるごく一部の方にしか読んでもらえませんが、私の書いたものがそれらの方に何らかの刺激やヒントになることもあるらしく、それは私にとってとても喜ばしいことです。自分のアイデアを他人に盗まれないように気をつける方もいらっしゃるようですが、私はそれとはまったく逆に、私のアイデアが少しでもお役に立つのならどうぞご自由にお使いくださいという気持ちで書いています。そうでなければ、そもそもそれらをブログに投稿して公開する理由もありません。
 もう一つの効用としては、その時々の自分の気持ちを文章にしてみることで、気持ちに整理がつくことも少なくないということです。文章を書くためにパソコンのキーボードを叩く気力もないほどに気持ちが落ち込んでしまうということもありえないことではありませんが、そこは確立された習慣の強みで、相当に心身ともにきつい状態でも、パソコンに向かって文章を書く時間を確保しようという気持ちに自ずとなれるのです。そして、そのようにして書き始めると、書き始める前は漠然としていた不安や苦悩が、それらに言葉による表現が与えられることで、対象化され、それだけ問題として明確な形を取るようになります。そうなれば、それに対する対処の仕方も見えてきます。
 もちろん、何もかもそれで解決するわけではありませんが、一つ一つの問題に対処するプロセスの一齣として、このブログを書くという行為が確実に一定の機能を果たしていると言うことはできます。
 今日から始まった一年も、このブログとともに一歩一歩日々を歩んでいくことになります。

 今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。