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氣楽亭 日乗

大阪生まれで奈良県広陵町の長閑で氣楽な田舎暮らしの氣功師が氣ままに綴る懐かしい昭和の年代記です。

人生如白駒過隙

2006-11-17 00:13:50 | 名言
「十八史略」の名言です。
「人生は白駒(はっく)の隙(げき)を過ぐるが如し」
白駒・・・白馬 隙・・・戸の隙間
人生は戸の間隙から白馬が疾走し走り過ぎるのを見るが如く一瞬のことにすぎ
ない儚いもので有る。

50歳を過ぎた頃から一年の経つことの早い事には驚かされます。
子供の頃の一年は長かった・・・
それに比べる現在の時間経過の早い事は不思議です。

船覆乃見善游 馬奔乃見良御

2006-11-16 09:54:15 | 名言
「淮南子」の名言です。
「船覆りて善く游ぐを見、馬奔りて良く御するを見る」
平穏無事な日常では凡庸な経営者や政治家、官僚でも其れなりの成果や運営は
出来る。
しかし緊急事態や有事の時には如何であろうか?
直ぐに化けの皮が剥がれメッキが色を失い地金が曝け出される。

未曾有の平成デフレ不況や年金問題、改憲問題、荒廃した社会環境、など問題
山積みの21世紀の日本を任せられる政官財の真価が問われています。
日本丸は沈没寸前で経済は奔馬の如く制御不能では?



修己而不責人則免於難

2006-11-15 00:00:58 | 名言
「左伝」の名言です。
「己を修めて人を責めざれば則ち難より免れる」
常日頃から言動を慎み他人や組織に批判や非難を口にせず世俗を超越した
生き方をすれば平穏無事な人生を送る事が出来る。

消極的な考えと思われるかも知れませんが・・・
私の目標で有り理想の生き方です。
なかなか体得出来ません。
直ぐに気に入らぬ事に批判や非難してしまうのは私の性癖で改めようとする
のですが・・・ついつい気付くと言ってしまっています。
俚諺にも有るように「口は禍のもと」ですね。


過而不改 是謂過矣

2006-11-11 00:36:38 | 名言
「論語」の名言です。
「過ちて改めざる、是を過ちと言う」
孔子は「過ちては則ち改むるに憚るなかれ」とも言っています。

地方自治体の首長や都道府県の知事の汚職が後を絶たない。
それにしても公共事業の談合や口利きでの「天の声」の威力は凄い!
首長や助役、収入役、らの引き起こす入札絡みの事件はウンザリ・・・
彼らは過ちとは考えていない確信犯なのです。
事件に成るのは氷山の一角で大部分は闇の中なのだろう。

出直し選挙でまた公金が浪費される・・・
原因を作った知事や収入役に選挙費用を被害弁済させる方法を考えないと
駄目だろう。


直木先伐 甘井先竭

2006-11-10 00:24:36 | 名言
荘子の名言です。
「直木は先ず伐られ、甘井は先ずつきる」
荘子の名言です。
樹木は製材に適している真っ直ぐに育った木から伐採される。
井戸は清涼な美味しい水が湧き出るものから飲み尽くされ涸れてしまう。
名水と云われ現存する井戸は稀少です。
人間にとって有用な物から使い尽くされるのが道理である。
無用な存在はそれ故に生き延びて永く存在するチャンスが有るのです。

人間も同じで有能で有用な人物ほど使い尽くされたり妬まれて刈り取られる事に
成ってしまいがちである。
目先が利くので先走り躓き思わぬ怪我をする事も多々あるのです。
一見、無能で目立たない生き方をしている人間の方が大禍なく人生を過し無難で
幸せである。
人生は永くフルマラソンのような長距離レースだと思います。
短距離レースのような考えでは息切れして自滅してしまうのでは・・・

蝸牛角上之争

2006-11-09 11:17:04 | 名言
荘子の名言です。
「蝸牛(かぎゅう)角上の争い」
魏の恵王が斉の国を攻めようとした時の故事です。
戴晋人と言う賢者が恵王に進言しました。
「王にはカタツムリ(蝸牛)と言う生き物をご存知ですか?」
「知っておる。」
「其の蝸牛の左の角には触氏と言う者の国が有り、右の角には蛮氏と言う者の
国が有って絶えず領土争いをしております。」
「激戦が永く続き幾十萬人もの兵士が死にました。」
「蝸牛のちっぽけな角の上にそんな世界が有るものか!」
賢者は答えました。
「宇宙の彼方から見れば魏と斉の争いもちっぽけな物では有りませんか、人間
の営為などと言う物はみな同じ小さな物なのです。」

人間いや生命体は己の生命と種を守る為に飽くなき生存競争を戦い続ける・・・
だから死滅するまで戦いは続くのか?
共存共栄は机上の空論で現実は厳しいのですね・・・嗚呼

明鏡止水

2006-11-06 00:01:56 | 名言
荘子の名言です。
本来は下記の文言から出来た四字熟語です。
「人莫鑑於流水 而鑑於止水」
「人は流水に鑑みるなくして止水に鑑みる」
流れている水は常に揺れ動き人の姿を映す事は出来ません。
静止している水は鏡面のようで有るがままの姿を映し出します。

心も雑念や煩悩で揺れ動く時は周りの状況を的確に把握し判断する事が出来なく
成ってしまいます。
静止した水のように揺れ動かない静かな心を持てば如何なる状況にも慌てず的確
に対処できる。
このような心境を形容して「明鏡止水」と言います。
「無念無想」や「無心の境地」も同じである。
理屈では解っていてもなかなか実現出来ない心境です。


寿則多辱

2006-11-05 00:00:21 | 名言
荘子の名言です。
「寿(寿命)ながければ則ち辱多し」
長生きすればするほど恥辱を受ける機会が多くなる。
中国の昔に堯王が華という所に視察に行った時の逸話です。
土地の役人が堯王の為に祝福を捧げました。
「沢山の男の子が授かり、富を授かり、長寿を授かりますように祈ります」
しかし堯王は役人の祝福を受けません。
役人が不思議がり尋ねたところ堯王はこう答えたと言われています。
「男の子が多いと心配事が絶えない、金持ちに成れば煩わしい事ばかり、
長生きすればそれだけ恥をも忍ばねば(寿則多辱)ならない、だから折角
だが祝福はお断だ」と答えたと伝わっています。

物事の見かけでは判断できない表裏を言い表しています。
幸せに見える事でも其の裏側には不幸の種も存在している。
物事を一面だけで判断しない柔軟な考え方が理想です。

老荘思想独特の諧謔に満ちた名言で良い事の裏側に潜む悪い事に気付
かせてくれた。

望之似木鶏

2006-11-04 00:00:12 | 名言
荘子の名言です。
「之を望めば木鶏に似たり」
昔中国に闘鶏を鍛える紀渻子と言う名人がいました。
王様から一羽の鶏を鍛えよとの命令を仰せつかります。
10日経って王様が催促した時に「未だで御座います殺気立って敵を求めて居り
ます」と言う返答でした。
王様は二度三度と催促しますが「未だ致し上げて居りません」との返答が帰って
来るばかりです。
王様から四度目の催促でやっと完成の答えが出ました。
其の答えはこうです。
「傍で他の鶏が騒ぎ挑んでも一向に動じず応じる気配は有りません見たところ
木彫りの鶏のようで此れこそ徳が充満している証拠であり他の鶏は其の姿を見
ただけで恐れて逃げ出します」

外見が猛々しく獰猛な姿を現しているのは真の勇者では有りません。
木鶏の様に超然とした姿こそ泰然自若とした真の勇者です。

安時而処順 哀楽不能入也

2006-11-03 00:00:45 | 名言
荘子の名言です。
「時に安んじて順に処せば、哀楽入る能わず」
時流に溺れたり時の廻りあわせに一喜一憂せず心を安んじて自然の成り行きに
従う事が大切なのです。
「無為自然」に従えば一切の束縛から逃れ、哀も楽も心の中へは入れません。

人間は弱い者で兎角目先の利益や成功を求めてしまう。
求めて得られる幸運な人達には無用の名言です。
求めて得られず挫折した時にこそ荘子の名言が心に響く。

哀楽を超越した生き方こそが荘子の理想です。