これまた切ない映画ですなぁ。
手塩にかけて育てたボクサーを、本人に頼まれたとはいえ自分の手で最期を迎えさせるなんて。
あの瞬間のマギーは、本当にいい人生だったと思っていたのか。
エディがボクシングにより人生にマギーが満足している、という助言をダンに与えている。
ボクシングでは大成したが、しかし最低な家族との関係は変わらなかったし、結婚をすることもなかった。
ボクシングは、生活を豊かにするための手段であり、最終目標ではなかったはず。
全身麻痺になり生きている意味がないから死にたい、という気持ちはよくわかる。
しかしだからといって、自殺幇助を許すべきだろうか。
生きることは、自分に尊厳を持てる状態であることを指すのだろう。
自分が自分たる状況に無いことは、死んでいるも同じ、を意味するのだろう。
その相反性について考えさせられます。
相変わらずクリントイーストウッドの役どころは、頑固で古い考えを持ったおっさんだけど、やっぱりいいおっさんで次第に情熱にほだされ、マギーと心を通わせていく、いつものパターン。
モ・クシュラのエピソードは、素敵。
なじみの無い言語のイディオムは興味深いですよねぇ。
手塩にかけて育てたボクサーを、本人に頼まれたとはいえ自分の手で最期を迎えさせるなんて。
あの瞬間のマギーは、本当にいい人生だったと思っていたのか。
エディがボクシングにより人生にマギーが満足している、という助言をダンに与えている。
ボクシングでは大成したが、しかし最低な家族との関係は変わらなかったし、結婚をすることもなかった。
ボクシングは、生活を豊かにするための手段であり、最終目標ではなかったはず。
全身麻痺になり生きている意味がないから死にたい、という気持ちはよくわかる。
しかしだからといって、自殺幇助を許すべきだろうか。
生きることは、自分に尊厳を持てる状態であることを指すのだろう。
自分が自分たる状況に無いことは、死んでいるも同じ、を意味するのだろう。
その相反性について考えさせられます。
相変わらずクリントイーストウッドの役どころは、頑固で古い考えを持ったおっさんだけど、やっぱりいいおっさんで次第に情熱にほだされ、マギーと心を通わせていく、いつものパターン。
モ・クシュラのエピソードは、素敵。
なじみの無い言語のイディオムは興味深いですよねぇ。