書きたいことがある。複数だ。それぞれに仮タイトルを付けるなら、
「引き摺る想いなどあるものか」
「カラス」
「文学フリマ」
「逃げ道」
「心臓」
といった感じになると思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「カラス」
家を出て少し歩いたところで、カラスの死骸が横たわっていた。車の往き来の少ない道路の真ん中。ぼくはそれを写真に撮ろうと思った。生憎カメラを持ち合わせていなかったので、急いで自宅に取って返した。慌てて先程の場所まで戻ってみると、カラスの死骸はそこになかった。代わりに中年の男性が二人、薄緑色の作業服のような繋ぎを着て、ポリ袋を持っていた。彼らはぼくには目を留めずに、傍にあった車に乗り込もうとした。ぼくは二人を呼びとめた。
「どうしましたか」一人が言った。
「それカラスですか」
「そうです」
ぼくは不意に激情に駆られて、叫んだ。「駄目だ!」
二人はぎょっとしたようだったが、ぼくは構わず続けた。「駄目だ!下ろせ!早くしろ!」
「どうなさったんですか」一人が言った。
もう片方の男が彼の腕を掴んで揺すぶった。それを目にしてぼくは一層頭に血が上って、怒鳴り散らした。「いいから早くしろ!カラスをそこに置くんだ!」
「行きましょう」と一人が言って、運転席のドアを開けようとした。ぼくは駆け出した。彼らはまるで鬼にでも追いかけられているような様子で、座席に滑り込んだ。車は瞬く間に走り去った。排気ガスを面前に吹きつけられて、ぼくは我に返った。
足元を見やると、カラスの血の跡が残っていた。
ぼくのカラスは、持って行かれてしまった。ぼくはあれを写真に収めてパソコンに取り込み、それを素材に一つの映像作品を制作するつもりだった。今日ぼくがカラスを発見したとき、それは天啓のように思われたのだった。今まで燻っていた自分の才能がパッと火花を散らして、轟々と燃え立つのを感じた。それは天井を突き抜け、空高くまで伸長し、巨大な山のように聳え、いよいよ熱く燃え盛った。もはやカラスはぼくの命運を握っていた。それはぼくの才能と等しかった。それさえあれば、ぼくは自分の実力を思う存分発揮することができるに違いなかった。いやそれは可能性の問題ではなく、既に事実だった。事実であることが分かっていた。それさえあれば、ぼくはどんな艱難辛苦をも耐え忍んだだろう。そしてやがて世間に認められただろう。それも事実だった。ところが、あの二人組はぼくの才能を持ち去ってしまったのだ。ぼくの才能を、ぼくの宿命を、ぼくの成功を。
道路の黒ずみに目を落としながら、ぼくはしばらくその場に佇んでいた。才能を失われた自分自身のまま、ぼくはこれから生き延びねばならない。才能が廃棄処分されてしまった自分自身のままで、ぼくはこの世界を愛さなくてはならない。才能を車で持ち去って焼却してしまう連中のことを、愛さなくてはならない。カラス、カラス、カラス。
結局、世界はこうやって才能を捻り潰してゆくのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
言うまでもないと思いますが、フィクションですので。
「引き摺る想いなどあるものか」
「カラス」
「文学フリマ」
「逃げ道」
「心臓」
といった感じになると思う。
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「カラス」
家を出て少し歩いたところで、カラスの死骸が横たわっていた。車の往き来の少ない道路の真ん中。ぼくはそれを写真に撮ろうと思った。生憎カメラを持ち合わせていなかったので、急いで自宅に取って返した。慌てて先程の場所まで戻ってみると、カラスの死骸はそこになかった。代わりに中年の男性が二人、薄緑色の作業服のような繋ぎを着て、ポリ袋を持っていた。彼らはぼくには目を留めずに、傍にあった車に乗り込もうとした。ぼくは二人を呼びとめた。
「どうしましたか」一人が言った。
「それカラスですか」
「そうです」
ぼくは不意に激情に駆られて、叫んだ。「駄目だ!」
二人はぎょっとしたようだったが、ぼくは構わず続けた。「駄目だ!下ろせ!早くしろ!」
「どうなさったんですか」一人が言った。
もう片方の男が彼の腕を掴んで揺すぶった。それを目にしてぼくは一層頭に血が上って、怒鳴り散らした。「いいから早くしろ!カラスをそこに置くんだ!」
「行きましょう」と一人が言って、運転席のドアを開けようとした。ぼくは駆け出した。彼らはまるで鬼にでも追いかけられているような様子で、座席に滑り込んだ。車は瞬く間に走り去った。排気ガスを面前に吹きつけられて、ぼくは我に返った。
足元を見やると、カラスの血の跡が残っていた。
ぼくのカラスは、持って行かれてしまった。ぼくはあれを写真に収めてパソコンに取り込み、それを素材に一つの映像作品を制作するつもりだった。今日ぼくがカラスを発見したとき、それは天啓のように思われたのだった。今まで燻っていた自分の才能がパッと火花を散らして、轟々と燃え立つのを感じた。それは天井を突き抜け、空高くまで伸長し、巨大な山のように聳え、いよいよ熱く燃え盛った。もはやカラスはぼくの命運を握っていた。それはぼくの才能と等しかった。それさえあれば、ぼくは自分の実力を思う存分発揮することができるに違いなかった。いやそれは可能性の問題ではなく、既に事実だった。事実であることが分かっていた。それさえあれば、ぼくはどんな艱難辛苦をも耐え忍んだだろう。そしてやがて世間に認められただろう。それも事実だった。ところが、あの二人組はぼくの才能を持ち去ってしまったのだ。ぼくの才能を、ぼくの宿命を、ぼくの成功を。
道路の黒ずみに目を落としながら、ぼくはしばらくその場に佇んでいた。才能を失われた自分自身のまま、ぼくはこれから生き延びねばならない。才能が廃棄処分されてしまった自分自身のままで、ぼくはこの世界を愛さなくてはならない。才能を車で持ち去って焼却してしまう連中のことを、愛さなくてはならない。カラス、カラス、カラス。
結局、世界はこうやって才能を捻り潰してゆくのだ。
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言うまでもないと思いますが、フィクションですので。