
十数年間、保護者の対面から見ておりますと、
この家は、お姉ちゃんにかけてるな・・
この家は、弟に期待しているな・・
といったことを感じます。
当然、これは各家庭のことだし、自分ごときが首を突っ込める話ではないので、静観していますが、親の期待であったり何であったり、兄弟で差をつけられると、差をつけられた方は必ず気がついてるんじゃないかと思うんです。
私は期待されていないからええねん・・。
お父さん、お母さんは、結果を残す方がええねん・・。
子供ながらいろいろと考えることはあるだろうし、『自分はええねん・・』となると、目標が低くなってしまうのではないかと思います。
我が家には、兄貴だけにとか、弟だけは何とか・・というような概念が全くありません。
幼い頃から兄弟で差をつけることなく、分け隔てなく育ててきたことだけは自信を持って言えます。
勿論、長男の時にはたくさん写真を撮って、おもちゃなんかも買ってやったりしてということはあったかも知れませんが、兄貴にしてやったことは必ず弟に、兄貴に言ってきたことは必ず弟にという思いを持っています。
性格も違えば、能力も違い、兄貴に出来て弟に出来ないこと、また、弟に出来て兄貴に出来ないこともあるので、時に頭を悩ませることもあります。
また、同じことを求めることが無謀であったり、それが苦痛を与えることになる場合もあるかも知れません。
しかし、だからと言って、親が諦めた時点で子も諦めてしまうんじゃないかと思うんです。
また、親が、『お前は柔道頑張ってれば勉強はええねん』的になると、かなりの確率で勉強が疎かになるような気がするし、一番身近である兄弟と差をつけたり、期待が違いすぎると、先々にも影響が出てくるんじゃないかと思うのです。
性格や能力の差がある中で、いかにして高いモチベーションで頑張って貰うか、また、反面、期待が苦痛となっているかいないかの見極めが、大事な親の仕事になってくるんでしょう。
こればかりは、私が外から見ているだけでは分からないことも多々あろうかと思うので、軽々に口には出来ませんけどね。
当然、練習ではやる気のある子を見てしまいがちです。
ただ、どこかで寂しそうにしている『一方の兄弟(姉妹)』も気になる自分もいる。
悔しい思いをしていても静かに闘志を燃やし、いつか自分も!と前向きに成長してくれることを願うばかりだし、そんな選手をコソッと応援していきたい。