昨日の練習後、大晟が、
親父を含め、俺達は好き嫌いで指導をするしないを決めていない。
そんな理由で決めるわけがない。
そこを勘違いしないで欲しい。
ただ、俺達は練習への打ち込み姿勢を常に見ている。
怠そうに練習してる子だったり、泣き顔でやってる子に声をかけたくなるはずがない。
よく見て貰っている子は、声をかけたくなる理由がある。
声をかけて貰えないと強くならないよ。
と。
ま、その通りなんですけどね。
ただ、考えるべきことは、なぜ大晟が今の時期にそんなこと言ったか。
大晟も、おそらくは親子に向けて発信したのでしょうけど、昔から、子供を見て貰えないだとか、環境がどうとか口にする人っています。
総体的に自分を省みずに我が子のことしか考えていないタイプの人が多いような気がします。
そういったタイプの方と出会い、その類の愚痴を山程聞いて来ましたが、ほぼ100%と言っていいぐらい、
いや、何だかんだ言ってますけど、あなたに理由があるじゃんか。
となります。
でもって、私は気付かせてやることが優しさだと思っているので、どストレートに指摘するんですが、その手のタイプからすると、気難しいおっさん扱いされるぐらいで、全く伝わらない。
なので、昨日大晟が話をした時にも、どういう意味だろうと考える人もいたら、何も感じない人もいて、後者は、見て貰える子と見て貰えない子の理由が分からないまま、不平不満に変わっていくことが多いような気がします。
正直言って、小中学生における強いだ弱いだなんてあまり興味がない。
やらされている強いよりも、一生懸命な弱いを応援したい。
また、人間性に心が動かされ、思いやりだったり、感謝の気持ちに動かされるもの。
誰かが当たり前に場所を取ってくれ、誰かが当たり前に指導してくれる。
そんな話はない。
ま、我が子、我が子が蠢く環境はうんざり。
全中が終わったばかりだからか分からないけど、むちゃくちゃ疲れる。
弱くとも、小さくとも、気持ち良く過ごせるコミュニティで余生を過ごして行きたい。
あ、ブログ終了まで1週間か・・。
愚痴はこのあたりでやめておこう。