田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

「剣客商売」と中村又五郎

2023年09月24日 | 読書・映画日記

 京都市役所の西側、寺町通御池を少し上がった所に尚学堂という古書店がある。その店が建て替わる前のこと。池波正太郎が古地図を探していた時、店内に黒いソフト帽の大学教授のようにも見える人物がいた。その姿が彼の目に焼き付いて「剣客商売」の主人公、秋山小兵衛の風貌に結実する。ソフト帽は歌舞伎役者の二代目中村又五郎であった。

 「剣客商売」は池波の代表作の一つである。小兵衛は剣の道を究めたのち隠棲し、世故にもたけ清濁併せのむ。子息の大治郎は長年の修行から帰ってきて、世俗的には無垢である。父に似ず長身で巖のような体躯。小兵衛が大治郎と並ぶと胸までしかない。

 舞台で又五郎を見たことがある。歌舞伎座で芝居を観たわけではない。当時、久留米でも毎年、名士劇を上演していた。地元の政財界の面々が出演する素人歌舞伎である。素人芝居といっても大道具、衣装、化粧方まで本格である。常連の芸達者もいて、芝居に縁のない田舎で歌舞伎の雰囲気を味わうことが出来た。又五郎はその演技指導に来ていた。

 終演後の舞台挨拶で、又五郎は居並ぶ出演者の真ん中にいた。もう老境に入っていたと思う。背筋が通っていて、小柄できりりとしていた。ずっと後に文庫本の「剣客商売」を手にするようになってからは、又五郎の風貌を思い浮かべながら読んでいた。

 又五郎は後に池波と親しくなる。尚学堂で池波が又五郎を見かけた時、彼も自分をじろじろと見ている人に気付いていたそうだ。中村又五郎は中一弥の描いた挿絵にある小兵衛そのままである。また池波が書く大治郎の適役が加藤剛であった。この二人は帝劇での「剣客商売」公演の際に親子を演じ、演出した池波を喜ばせた。

 いま幾度目かの「剣客商売」を読んでいる。いろいろな市井の事件に巻き込まれるが、「鬼平」や「梅安」と違って明るい家族の成長物語でもある。

 

    

    (新潮文庫)

 

 

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