田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

吉野ヶ里歴史公園の紅花畑

2024年07月04日 | 吉野ヶ里

 先月の15日に、吉野ヶ里公園のHPに紅花が開花したとの告知がありました。花の見頃は一週間とのこと。天気予報を見ながら数日後に出かけました。毎年の恒例です。橋の向こうが吉野ヶ里遺跡です。小学生たちがバスで来ていました。社会科の野外学習でしょう。

 遺跡の入り口では水鳥が迎えてくれます。弥生のクニを守るのは柵列と壕に逆茂木。

 いつものコースを歩いて行きます。

 支配層が住んでいた南内郭。四方に物見櫓があります。

 北内郭。吉野ヶ里遺跡で一番大きい建物。この区域だけ二重の環壕と板壁で囲まれていて、クニの政治と祭祀の中心であったと考えられています。

 向こうの土盛りは歴代の王を葬った墳丘墓。手前に祠堂と立柱。空気は乾燥しているのですが、ここまで歩いて来てだいぶ汗をかきました。冷房が効いている墳丘墓の中で暫く休みました。ただ、狭い見学通路があるだけで座る場所はありません。この日は甕棺墓群までは行かず、一旦、遺跡エリアから出ます。

 カワラナデシコ。

 紅花の畑へ来ました。

 紅花はアザミに似ていて、古名を末摘花といいます。

 全体に七分咲きで、場所によってはまだ蕾ばかりの所もありました。向こうの別の畑では機械で手入れしています。私と同じように紅花を撮りに来ている人がいました。写真愛好家はいいカメラを持っていますね。

 開花して間もなくで、まだ黄色い花が多い。紅くなった花がぽつぽつと見えます。

 紅花は観賞用の花ではありませんが、見ていると元気が出るような気がします。

 紅花の畑を後にもう一か所、花を見に行きます。

 高床式の倉庫群が並びます。南内郭の壕とは別の壕と柵列で囲まれています。

 蓮池に来ました。古代ハスの大賀ハスが栽培されています。午後に行ったので花はほとんど閉じていました。大賀ハスも開花の告知がありましたが、見頃は7月の初めです。

 ハスは清浄ですね。

 南のムラに来ました。ここは一般人が住んでいた地域と考えられています。区域を囲む壕はなく、竪穴住居数棟に高床倉庫一棟が付きます。

 竪穴住居の傍の小さな畑。弥生人も晩酌のつまみは枝豆だったのでしょうか。

 管理センターに戻って、今日のウォーキングは何歩だろうかとスマホを見たら、歩数計はゼロのままでした。汗をかいたのにとちょっとがっかり。

 

 

 

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