田園都市の風景から

筑後地方を中心とした情報や、昭和時代の生活の記憶、その時々に思うことなどを綴っていきます。

晩酌をしながら花火の音を聞く

2024年08月07日 | 日々の出来事

 一昨日は筑後川花火大会でした。

 夕方近くにショッピングモールへ行くと、浴衣を着た若い子たちがぞろぞろ歩いています。屋上の駐車場を花火見物のために一部開放していました。花火会場とは離れていますが、すぐ前が筑後川なので見晴らしが利きます。発揚までの時間を店内で過ごしていたようです。

 花火大会の最初の記憶は、幼児のころ、父親に手を引かれて国鉄踏切を渡り筑後川へ行ったことです。その場面だけ記憶に残っています。この花火大会は筑後地方の夏の風物詩で、私も子どもの頃から毎年花火見物をしました。しかし20年ほど前、混雑の危険性を理由に警察が難色を示し、会場が分散してからは行くのを止めました。

 この大会は、もともと水天宮夏大祭の奉納花火です。名物禰宜が花火大会の準備万端を取り仕切っていました。露天商たちの出店場所を決める地割りもこなしていたようです。当日は参道から筑後川河畔の境内の中まで、数百メートルにわたり道の両側に夜店が櫛比していました。拝殿前では法被姿の子ども達が舟太鼓を奉納します。私たちの世代は水天宮花火大会と呼んでいました。

 いまは会場が分散して河川敷に露店が並んでいます。参道の夜店や賑わいがどうなったのか知りません。この日、夜の帳が下りるころ花火の音が聞こえてきました。5キロ以上も離れているのに、近くで揚がっているように聞こえます。昔見た、参道の夜店の煌めきや見物客の雑踏、対岸で発揚され真上に見上げる花火、仕掛け花火の数々を思い出して一人、晩酌しながら時を過ごしました。

       フリーフォトより

 水天宮の花火は神社下の河川敷が見物席で、対岸が発揚場です。その間、三、四百メートルの距離で、花火が打ちあがると真上で開く感じです。尺玉が揚がると音がズンと体に響きます。私は体感花火と呼んでいました。

 連発花火では上を見続けるので、仕舞いには首が痛くなります。しばらく続く連発が終わり静寂が戻ると、見物客から拍手がわいたものです。また観たい気もしますが、雑踏の中を汗をかいて数キロも歩く元気はもうありません。

 

 

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