黒澤明監督の映画『七人の侍』
(1954年東宝)は、洋画邦画
を含める全作品の中で一番の
傑作だと私自身は思っている。
『七人の侍』は何度観たかわ
からない。
しかし、巨匠世界のクロサワも
歴史的名作の中でも大きなミス
を犯す。
いくつかあるが、ひとつだけ紹
介しよう。
野武士が襲ってくることがわか
り、村人を軍事訓練した傭兵た
る七人の侍たち。
五郎兵衛(稲葉義男)と久蔵
(宮口精二)が村の防備の様子
を見まわっていると、どうにも
持ち場についた村人たちが怯え
ている。
「どうもいかんな」と思案に暮
れていると、別な防衛拠点の持
ち場からエイエイと気合を入れ
る村人たちの声が聞こえてきた。
見ると七郎次(加東大介)が農
民たちに気合をいれて指揮し、
全員で気勢を上げていたのだった。
この時のシーンの久蔵の刀に
注目してほしい。
長丸型の鍔で表の左に小柄穴
があいている。
そして、一瞬画面が向こうで気勢
を上げる七郎次たちにカットが移
り、再びすぐにこちらの五郎兵衛
と久蔵にカメラが移る。
「これはよい、こちらもやるか」
となってこちらの持ち場でも村人
たちを鼓舞するのだが・・・。
ありゃりゃ!
久蔵の刀が別な刀になっている。
五郎兵衛の刀も別物に(笑
久蔵の刀は丸型鍔で左に小柄穴は
無く右に笄(こうがい)穴がある。
鍔の表左には梅鉢の透かしがある。
明らかに違う鍔である。頭(かしら)
も異なる。
この場面カットが変わる時間は
わずか2秒ほど。
ラッシュ段階でちぐはぐさに気
づいてももう撮り直しはできな
い。編集で短く繋げることでち
ょっと見には違和感がないよう
にしたのだろう。
このようなことはごく最近の山
田洋次監督の『たそがれ清兵衛』
にも存在する。
この『たそがれ清兵衛』は、撮
影上の違和感がないように、徹
底的にシナリオと映像と演出に
こだわりぬいた作品だというの
がDVDのボーナストラックの撮
影秘話から十分にうかがい知れる。
ところが、清兵衛(真田広之)
と甲田豊太郎(大杉漣)が河原
で対決するシーンで、なんと大
杉漣さんは左手の薬指に大きな
指輪をはめたままなのである。
これは実は撮影時に監督含めて
誰も気づかなかったのだという。
そしてラッシュでそれに気づく。
しかし、出演者のスケジュール
が揃わず、撮り直しがまったく
できない。やむなく「このまま
で使う」ということになったと
いう。だから幕末の武士が現代
指輪をしているという極めて
珍妙なシーンになってしまった。
以前から「なぜだろう?」と思
っていたが、DVDを見てその理
由が判明した。
映画という作品では映像上の齟
齬(そご)がかなり多くあった
りする。
アクション映画などではほぼ確
実に存在したりする。『プレデ
ター』でも、サソリを踏みつけ
て潰して靴を上げたらサソリの
向きが逆になっていたりとか。
しかし、大抵は短いカット割り
やカメラアングルを変えたりし
て違和感をなくす偽装が施され
ていたりする。ただし、そのま
まのカメラアングルの場合、ち
ぐはぐさが目立ってしまう。
記憶に残る一番映像上のちぐは
ぐさが多かった作品は『ハスラ
ー2』だった。
これは私は公開時から劇場で観
た際に多くの部分に気が付いて
いた。
ビデオで再度観たとき、あまり
に多いので驚いた。ビリヤード
のシーンなどは、顔のアップに
なって次にテーブルにカメラが
移動すると玉位置が違っている
などというのはほぼすべてのシ
ーンで存在した。
世界のクロサワでさえどうしよ
うもないことがある。
それは、「撮り直しがきかない」
ということだ。
しかし、『たそがれ清兵衛』は、
CGもそこそこ使っているので、
CG処理で指輪だけを消すことは
十分できたのではなかったろう
か。黒澤監督の時代は仕方ない
としても。
よくできた傑作『たそがれ清兵
衛』だけに、唯一その指輪はめ
たままというシーンのために画
竜点睛を欠くような気がしてな
らない。
黒澤明『七人の侍』においても
まだほかにもつじつまが合わな
いシーンが沢山ある。
特に、村の中をどうやって守る
かと島田勘兵衛(志村喬)らが
地図を作り、村の隅々まで下見
して回るシーンで、人物の影と
太陽の位置、それと地図を見比
べると、実は実際の東西南北と
は関係ない場所なのに地図上の
東西南北に当てはめている部分
もあることが即座に判明する。
これは私は、初めて『七人の侍』
を観た時に瞬時に違和感を覚えた。
ポイントは「影」だ。
特にクロサワ作品は「なんとな
くそんな感じ」という「雰囲気
ファンタジー」を監督は撮った
わけではないので、たとい一人
の観客にさえこのような違和感
齟齬を察知されてしまうのは、
やはり文字通りの「ミステイク」
だと思う。
何度もテイクしたはずだろうに
映画作りってムツカシイね。
世界のクロサワ作品でもこうし
たことがあるのだもの。