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核兵器の共有(Nuclear Sharing)に関する論文紹介

2022年03月17日 | 研究活動
ウクライナ戦争において、ロシアが核兵器による恫喝を行ったこと(核戦力部隊の「高度な警戒態勢」への移行)は、日本における核共有の議論をにわかに活発化させました。これまでも「核兵器の共有」や「非核三原則」の見直しについて、前者は石破茂衆議院議員が、後者は加藤良三元駐米大使が、議論をすべきだと主張していました。ウクライナ危機後は、安倍晋三元首相が、核共有について、その是非を話し合うべきだと発言して、大きな話題になりました。

このブログ記事では、日本ではあまり注目されていない、アメリカの専門家の核共有に関する分析を紹介したいと思います。ここで取り上げる論文は、エリック・ヘジンボーサム氏とリチャード・サミュエルズ氏(共にマサチューセッツ工科大学)が、昨年春に『ワシントン・クォータリー(The Washington Quarterly)』誌(第44巻第1号、2021年)に発表した共著論文「北東アジアにおけるアメリカの同盟の脆弱性―核兵器の含意―("Vulnerable US Alliances in Northeast Asia: The Nuclear Implications")」です。ヘジンボーサム氏は、ランド研究所で米中衝突時の戦争シミュレーション(「米中軍事スコアカード」)をまとめた戦略研究の第一人者です。サミュエルズ氏は、日本の安全保障研究で世界的に有名であり、日本語に翻訳されたかれの著作としては、『特務ー日本のインテリジェンス・コミュニティの歴史―』(小谷賢訳、日本経済新聞社、2020年〔原著2019年〕)『日本防衛の大戦略—富国強兵からゴルディロック・コンセンサスまで―』(白石隆監訳、中西真雄美訳、日本経済新聞社、2009年〔原著2007年〕)などがあります。

ヘジンボーサム氏とサミュエルズ氏が上記の論文で主張している骨子は、中国や北朝鮮の増大する脅威にさられる一方で、日米同盟が漂流しかねない状況におかれている日本にとって、核共有は、その安全保障にとって有力な1つの方策であり、アメリカの国益にもかなうということです。かれらがどのような分析を経て、上記のような結論に至ったのかについて、論文の要所を抜粋しながら確認してみたいと思います。

かれらは序論で次のように述べています。「北東アジアにおいて高まる脅威と挑戦にもかかわらず、アメリカの同盟国に対するコミットメントは、より不確実になってきた…数十年にわたって同盟の効率性を高めてきた役割と任務にもとづく軍事的な分業から、日本も韓国も遠ざかっている。両国における核兵器に関する議論の広がりは、おそらく最も目を引くものである。核武装は日本や韓国の自衛力を強化し得るであろうが、バランス・オブ・パワーをかならずしも向上させるわけではない…これは中国のパワーに対する武装中立を生み出す「タートリング」(カメが頭や手足を甲羅に引っ込めるように重厚な防御体制を構築すること、引用者)につながる可能性が高いだろう。この論文では、これらの考えを発展させ、アメリカが長期にわたって北東アジアの同盟国を支援してきたことを放棄するのではなく、むしろ調整するための前向きな提案を示すことにする」(157-158ページ)。

要するに、日本が中国や北朝鮮の脅威に対処できるよう、アメリカとして同盟を堅持するために何ができるかを提案するのが、この論文の目的だということです。ヘジンボーサム氏とサミュエルズ氏は、続いて、北東アジアにおける安全保障環境の現状について分析を進めていきます。

「東京とソウルは安全保障環境の未曾有な不確実性に直面している。バランス・オブ・パワーは、双方に不利な形で急速に変化しており、両国の安全保障を担保するアメリカは、予測不可能な兆候を見せている…2019年には、中国のGDPは日本の3倍にまで成長した…防衛費に関して、中国は日本の4から5倍を支出している…中国は現代的な戦闘機を日本の4倍も配備しており、海軍も日本より規模が大きい…日本の多くの地域も、中国の基地から発進する軍用機が、無給油で飛行できる範囲(約1000キロ)内外に収まっている…ソウルと東京の指導者は、グローバルな規模で深く関与するという戦後のコンセンサスを疑問視しているアメリカという同盟国とも向き合わなければならない…かれらは…(トランプ大統領が)アメリカは『世界の警察官にはなれない』と宣言したことを聞いてしまったのだ。

バイデン大統領は異なる政策の優先順位を設定しているが、国内の有権者と海外の同盟国との間でどのようなかじ取りをするかは定かではない…民主党には、国防予算を大幅に削減することを既に押し進めている者もいる…紛争時に同盟国を防衛するアメリカの意志と、より重要なことであるが、その能力について新たな疑問が生じるかもしれない。増大する地域的脅威とまずます不確定な同盟国に直面した東京とソウルは、より確実な自主性を求めるという選択肢を評価しているのだ。かれらはアメリカの国内政治の展開次第では、アメリカの海外へのコミットメントへの支持が大幅に縮小する可能性にも気づいている」(158-160ページ)。

日本政府は、中国の増大する脅威とアメリカの安全保障の提供が危うくなる事態を懸念して、いわゆる「自主防衛」の路線を真剣に検討しているとかれらは分析しています。そして、日本が中国の台頭と日米同盟の弱体化のリスクを避ける4つの方策をそれぞれ検討しています。それらは、①通常戦力の増強、②地域的安全保障パートナーシップの深化、③中国に便宜を図ることを含めた協調的安全保障体制、④核兵器、です。

「第一の提案は、他の選択肢の支持者のほぼ全員が擁護しており、日本自体の軍事能力を強化することを強調している…第二のアプローチは、志を同じくするパートナーとの戦略的関係を深めることをともなうものであり、現在進行しているプロセスだ…しかし、これにはアメリカの衰退に備えることも必要である…第三のオプションは中国とアメリカの間で再度バランスをとるものだ…日本が新しい『多層的な』安全保障のアーキテクチャーを主導することだ…これら最初の3つのオプションは、ゲーム・チェンジャーではない…通常戦力のギャップは単純にいって、自前の能力や中小国との同盟では、埋められないほど大きい。そこで登場するのが、核兵器という選択肢になる。何十年もの間、日本の戦略家は、アメリカの拡大抑止に信ぴょう性がある限り、核武装は日本の利益にならないだろうと、ほぼ一致して主張してきた。このことは繰り返し確認されてきた一方で、いく人かの主流な戦略家は今日において、拡大抑止の信ぴょう性を精査している」(161-162ページ)。

ヘジンボーサム氏とサミュエルズ氏は、日本が安全保障を高められるであろう選択肢を検討すると、核兵器は排除できないと指摘しています。しかしながら、かれらは日本の核武装はバランス・オブ・パワーを改善することにはならないと推論しています。

「核武装すれば、どちらの国(日本と韓国)も国家の最も基本的な安全保障上の要件を満たすことができるが、他方の国の不安を悪化させてしまうだろう。重要なことは、核兵器は地域的なパワー・バランスの不均衡を回復するものではなく、中国が地域のあちこちで行動する能力を制約しないだろうということである。核兵器は地域により容易に展開できる他のアセット(たとえば、軍艦や航空機)を犠牲にしてしまうのだ…要するに、日本と韓国の軍事的自立は、たとえそれが核武装という条件下であっても、地域的な…政治秩序は中国の優位を反映するようになる可能性が高い」(168ページ)。

このようにかれらは、日本独自の核武装は、バランス・オブ・パワーを均衡に近づけることにはならないと結論づけています。こうした分析を踏まえて、ヘジンボーサム氏とサミュエルズ氏は、以下のような政策を提言しています。

「地域的なバランス・オブ・パワーを維持することはアメリカの利益なのだから、アメリカの北東アジアの二国間同盟は維持され、支援されるべきである。何かと多くの悪評がある東アジアのハブ・アンド・スポーク型のアメリカの同盟は、今日までアメリカの役にとても立っているし、引き続きそうなるよう調整されるべきである。ワシントンは、日本、インド、オーストラリアとの、より発展された四か国安全保障対話を含め、多国間防衛体制に門戸を開放し続けるべきだ。しかしながら、クアッドの時代は、もしメンバー国の状況が変われば到来するかもしれないが、まだそこまでに至っていない…アメリカはそれぞれの北東アジアの同盟内で、通常戦力の任務と役割と分業の議論を同盟国と再活性化するべきである。発展し続ける中国の能力は、アメリカとその同盟国が限られた資源を効率的に展開することを至上命題としている。

最後に、アメリカは同盟国の核の不安に対処しなければならない一方で、核武装に向けた動きを止めなければならないだろう。中国や北朝鮮の核兵器が増強され、射程を伸ばし、残存性を向上させていることが、韓国や日本に拡大抑止の信頼性への懸念を生じさせるのは自然なことである。これらの懸念は収まりそうにないため、また、核兵器が拡散しない方が、よりアメリカの利益になるため、ワシントンは同盟国が独自の核武装を最良の選択と考えるのを防ぐために、追加の措置を検討すべきである。

これらはソウルと東京にそれぞれ核計画部会(nuclear planning groups)を設立すること、(アメリカの統制下においてNPTの制限内で)戦時の核兵器の共有に向けた韓国と日本の受け入れ態勢を模索することが含まれ得るだろう。こうした準備には、ハードウェアの変更(例えば、核兵器の運搬用に同盟国のF-35を認証すること)や新しいシステムの取得、戦術核攻撃や指揮・統制に従事する航空あるいは海上のクルーの訓練が含まれ得るだろう。共有は、物理的存在に伴う問題を避けながら、同盟国の領土外で行われることになるかもしれない。例えば、訓練はアメリカ本土で実施できるだろう。同盟の核兵器を用いた作戦はグアムから、あるいは、より遠い将来においては、沖合の艦船もしくは潜水艦から発射される巡航ミサイルによって始められるかもしれない。これらの提案は、冷戦時代の前例にもとづくものであるが、現在のニーズに合致するだろう。

国家安全保障戦略は、状況の変化にあわせて常に微調整することが求められる。北東アジアの同盟の枠組みを再び調整する時が到来したのだ。われわれの分析は、日本と韓国の戦略家がアメリカとの同盟が最良であり、おそらく唯一の実行可能なオプションであるのは事実だと認めることを示唆している」(169-171ページ)。

このようなヘジンボーサム氏とサミュエルズ氏の政策提言には、賛否があろうことと思います。興味深いことに、実は、オーストラリアでは、核共有が議論されています。同国のローウィ研究所は、原子力潜水艦を用いたイギリスとの核共有を考えるべきとの政策提言を行っています。その背景には、上記の分析と同じように、中国の脅威が高まる一方で、アメリカが同国へ提供する「核の傘」が揺らいでいるとの判断がありました。なお、与党の自民党の安全保障調査会は、年末に向けた「国家安全保障戦略」への提言に核共有を盛り込まない見通しだと伝えられています。これで日本は核共有を行うことなく、新しい国家安全保障戦略を練ることになりそうです。

現在、日本の安全保障は岐路に立たされています。ヘジンボーサム氏とサミュエルズ氏の指摘を待つまでもなく、北東アジアのバランス・オブ・パワーが日本にとって不利に推移していく傾向は、今後も続くことでしょう。また、日米同盟もアメリカの相対的なパワーの盛衰に大きく影響されることでしょう。日本の政治指導者は、国家の安全保障を確保する上で、今後も難しい舵取りを迫られるのは間違いないでしょう。

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