八代亜紀さんは、心をこめて熱く歌う人だなあと思っていましたが、
その生い立ちや、人となりは知りませんでした。
1950年・昭和25年生まれ。
2023年12月30日に73歳で亡くなりました。
テレビの報道で、彼女が画家であったことを知りました。
フランスの由緒ある「ル・サロン展」の永久会員になっておられました。
とても素晴らしい絵を描いておられたと知りました。
(テレビで作品をいくつか見ました)
***八代亜紀さんの考え****(ウィキペディより)
「歌手としては表現者というより、
それぞれの歌が持つ心を伝える代弁者でありたい」
デビュー当時から、「レコーディングでは、
歌っている時の自分の顔を誰にも見せない」ということを決めている。
理由は、「私は辛い人や悲しい人、苦しい人の代弁者のつもりで歌ってきました。歌入れの時はそういう人の表情になっているはずで、それを見られるのは恥ずかしいから」とのこと。
また「レコーディングは何回も録らない」との考えを持っている。
これはスタジオで曲のイントロを聴き、
最初に浮かんだイメージでそのまま歌うことを大事にしているため。
これまでのレコーディングでは一曲につき、基本的に通しで3回までしか歌わないとのこと。
歌と絵について本人は、
「歌うことも絵を描くこともエネルギーがいるけど、
私の場合は歌という肉体労働で酷使した自分を、
絵を描くことでマッサージしている感じ」と評している。
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箱根の別荘もテレビで映していました。
かけ流しの温泉で、エネルギーを補充・充填しているのですね。
英気を養う場所が、必要なのだと、本当に思います。
1973年にヒットした「なみだ恋」
”トラック野郎の女神”と呼ばれるようになったとか。
「舟歌」もいい歌ですね。
歌に励まされる経験は、私もあります。
病気になった両親のところへ通いました。
高速道路を3時間 車を飛ばしながら聴いた
クイーンの曲。
八代亜紀さんは、みんなを励ましてくれた。
ボランティア活動もいっぱいしておられた。
朝ドラ「ブギウギ」の笠置シヅ子さんが
戦後の日本人を励まし、生きる力をくれたように
八代亜紀さんも、本当に多くの人たちに
力を、生きる勇気と力をくださっていたのだと
知りました。
どのようにその人が生きたのか。
亡くなってから分かるのですね。
ベゴニア (親愛なる教え子 杉浦譲治君からお借りしました)
赤い花が、八代亜紀さんには似合う。