かぜねこ花鳥風月館

出会いの花鳥風月を心の中にとじこめる日記

ますむらひろし「グスコーブドリの伝記」を開いて梅雨明ける

2023-07-22 18:35:44 | 日記

関東甲信・東北の梅雨が明けたとみられるとの報せ。

確かに、今後1週間晴れマークが続いている。例年とあまり変わらない宣言日なのだが、今年は梅雨前線と思われる長い前線が日本列島の南にまだ長く伸びていて、九州地方だけが未だ梅雨明け宣言が下されないのが何かしら奇異な感じがする。異常気象の一環なのだろうか。

「銀河鉄道の夜」の二冊に続いて、ますむらひろしさんの「賢治に一番近いシリーズ」(朝日ソノラマ)から、残りの

「グスコーブドリの伝記」

「風の又三郎」

「雪渡り・十力の金剛石」

「猫の事務所・どんぐりと山猫」

を一気に借りてきた。例のとおり文庫版のテクストと読み比べしながら、ますむらワールドを楽しむこととする。ただ、ますむらさんの作品のセリフは、ほぼ原文どおりであるのであまり読み比べる必要がないのかもしれない。

まずは、「グスコーブドリの伝記」だが、こちらも先駆形といわれる「ペンネンネンネン・ネネムの伝記」や「グスコンブドリの伝記」があるので、それらのテクストをちらちら眺めながらブドリのますむらワールドに飛び込もう。

この作品は、昭和7年に「児童文学」という専門誌に投稿・発表されたというから完結版であり、「死」を意識し始めた晩年の賢治さんの公への遺言書のような作品になっていて、手帳に記された「雨ニモ負ケズ」や絶筆となった下記の二つの短歌に相通じる内容となっている。

 

 方十里稗貫のみかも 稲熟れてみ祭三日 そらはれわたる

(花巻地方の豊作を祝う鳥谷ヶ崎の祭典が行われ空が晴れわたり清々しい、の意か)

 病(いたつき)のゆゑにもくちんいのちなり みのりに棄てばうれしからまし

(私の命も病でまもなく終わろうとしているが 人びとの豊作の歓びを願い力を尽くしたのであるから、かなしいのではなくうれしいのだ、の意か)

 

 

「グスコーブドリの伝記」は、第一章の「森」の序盤で人々の「ほんとうの幸い」という姿が示されているような気がする。

①ブドリはイーハトーブ大きな森で生まれた②父も母も健康で、木こりの父や家族は森の恩恵により飢えることなく楽しく暮らしている。③ブドリと妹のネリは毎日森で遊んで、鳥や花たちと交歓し歌うように過ごしている。

この①~③までの幸福感は、家族が元気であり、自然の恵みをうけながら、自然の生き物と共生できているという私たちの誰でもがもっている縄文人のDNA(幼少期の幸福感)からやってくる感覚なのであろうか。たしかに、オイラも貧しくともそんな遠い幼少時代を思い出すとあのときがいちばん幸福だったといえる。

この物語は、繰り返し発生する冷害をはじめとする自然災害により上のような幸福が失われる危機を、火山局に象徴される「科学の力」や、最終的にはブドリの「犠牲的精神」により救おうという物語なのであるが、物語の結びで

「そしてちょうど このお話のはじまりのようになる筈の たくさんのブドリのお父さんやお母さんは たくさんのブドリとネリといっしょに その冬を暖かいたべものと 明るい薪で 楽しく暮らすことができたのでした」

と語っていることから、やはり賢治さんの幸福感は、①~③の「自然からのゆるぎない豊かな恩恵を受けるヒトの営み」だっただろう。

ただこの物語で気になるのは、当時の自然科学の考え方の現われなのか、人為によって火山を引き起こし、炭酸瓦斯(今話題の地球温暖化の原因とされる二酸化炭素)を大気に放出し地球を暖めて冷害を防いだことだ。確かに、火山ガスが温暖化の一因にもなっているのだろうが、現代では悪い冗談かもしれない。ファンタジーとして受けとめよう。

そういえば最近は冷夏や冷害という言葉を聞かなくなったが、没後90年、賢治さんが現代に生きていれば今の温暖化やこれを原因とするさまざまな災害にどんなファンタジーを紡ぐのだろう。

 

ますむらさんのブドリを拝読して、一番気に入った絵がある。第七「雲の海」で火山局が火山のガスを人工的に操作して窒素肥料や雨をイーハトーブの沼ばたけ(水田)に降らせて、オリザ(米)の収穫を増やそうとした時、農民たちの喜ぶ姿を想像したブドリが、イーハトーブ火山(たぶん岩手山)山上で眼下の雲海と雲に浮かぶ月を眺めながら「ブドリはもうじぶんが誰なのか 何をしているのが忘れてしまって ただぼんやりそれをみつめていました」という忘我のシーンである。見開き2ページにわたる印象的な絵だ。

農芸化学者として生きた賢治さんが、病床で目を閉じながら思い描いた光景だろうか。ますむらさん、よく絵にしてくれた。

ひさびさに「グスコーブドリの伝記」に接し、もしかしたら、あのブロカニロ博士に「ほんとうの幸福」を探すと誓ったジョバンニの生まれ変わりがブドリなのではないだろうか。と思いはじめた。

 

 

    

 

 

 

 

 

 

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