碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【書評した本】和田 誠『愛蔵版 お楽しみはこれからだ』

2022年02月28日 | 書評した本たち

 

復刊された僥倖に浸りたい

函に入った筋金入りの映画愛

和田 誠『愛蔵版 お楽しみはこれからだ』

国書刊行会 2970円

 

和田誠が4ページの映画エッセイの連載を始めたのは、雑誌『キネマ旬報』の1973年10月上旬号だ。

初回の冒頭で「映画に出てきた名セリフ、名文句を記憶の中から掘り起こして、ついでに絵を描いていこうと思う」と宣言。連載のタイトルにしたセリフが登場する、映画『ジョルスン物語』について書いている。

劇中でラリイ・パークスが扮した歌手、アル・ジョルスンが言ったセリフを直訳すれば、「あなたがたはまだ何も聞いていない」だった。しかし、字幕スーパーでは「お楽しみはこれからだ」。和田はこれを「名意訳」として記憶に留めたのだ。

次の10月下旬号の目玉はジョン・フォード特集だった。和田は表紙も担当し、ディレクターズ・チェアに座り、葉巻を手にしたフォード監督の肖像を描いている。

また自分のページもすべてフォード作品で埋めた。たとえば「私はクレメンタインという名前が大好きです」というセリフは、『荒野の決闘』でヘンリイ・フォンダが演じたワイアット・アープの言葉だ。

腰に拳銃を帯びたフォンダの立像は、シンプルな線だけで描写されているが、そこには表情があり、声さえも聞こえてきそうだ。

現在のように多くの映画をDVDで観られる時代ではない。和田が自分の記憶だけを頼りに文章を書き、絵を描いていていたことに驚く。

記憶力もさることながら、中学1年生で映画ファンになろうと「決心」した、筋金入りの映画愛があればこそだろう。この連載は読者の支持を集め、二十数年も続いた。

そして最初の単行本が出版されたのが75年だ。120本近くの映画が並ぶが、表紙は『サンセット大通り』のグロリア・スワンソン。セリフはサイレント映画時代の大女優として言う、「セリフなんか要らないわ。私たちには顔はあったのよ」だ。

長い間、古書でしか入手できなかったこの本が今、「愛蔵版」として復刊されたことは僥倖でしかない。

(週刊新潮 2022.03.03号)


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