「週刊新潮」に寄稿した書評です。
富永京子
『「ビックリハウス」と政治関心の戦後史~サブカルチャー雑誌がつくった若者共同体』
晶文社 2750円
1973年、渋谷パルコが開業した。雑誌『ビックリハウス』がパルコ出版から創刊されたのはその2年後だ。読者からの投稿が主軸のサブカルチャー誌だった。社会学者の著者はこの雑誌を梃子にして、社会運動退潮後の若者たちが政治に無関心だったとする通説を検証。彼らは政治性・対抗性を避けたのではなく、運動の規範性や教条主義を拒否したことを明らかにしていく。50年後の名誉回復だ。
宮辺 尚『遠藤周作と劇団樹座の三十年』
河出書房新社 2420円
文芸誌の編集者だった著者は作家・遠藤周作を担当していた。遠藤が座長を務めた素人劇団「樹座(きざ)」には、1977年の第5回公演「カルメン」から20年にわたって関わった。ミュージカル「風と共に去りぬ」への挑戦。「カルメン」を引っ提げてのニューヨーク公演。そしてロンドン公演「椿姫入り蝶々夫人」も成功する。参加者に「樹座は人生!」と言い続けた遠藤の情熱が甦る一冊だ。
ピーター・バーク:著、井山弘幸:訳
『博学者~知の巨人たちの歴史』
左右社 4950円
博学者とは「百科全書的な学問的知識への旺盛な関心の持ち主」を指す。本書は歴史学の泰斗による、総合的知識人の肖像だ。アイザック・ニュートンは神学、錬金術、聖書年代学にも通じていた。またスウェーデンのクリスティーナ女王の家庭教師は哲学者デカルトだった。好奇心や集中力や想像力はもちろん、遊びの要素も含む才能の持ち主たちだ。知識の分業化が進んだ今、より輝いて見える。
(週刊新潮 2024.09.12号)