碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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「下山事件」という闇

2024年04月12日 | 「しんぶん赤旗」連載中のテレビ評

 

 

「下山事件」という闇

 

日本がまだ占領下にあった1947年7月。行方が分からなくなっていた国鉄の下山定則総裁が、列車に轢かれた死体となって発見された。その後、犯人はもちろん、自殺か他殺かも特定されないまま捜査は打ち切られ、迷宮入りとなった。いわゆる「下山事件」である。

3月30日の夜、NHKスペシャル「未解決事件File.10 下山事件」が放送された。これまでに「グリコ・森永事件」や「地下鉄サリン事件」などを扱ってきたシリーズであり、前回は「松本清張と帝銀事件」だった。そして今回が〈戦後最大のミステリー〉と呼ばれてきた下山事件だ。

この事件に関しては、松本清張「日本の黒い霧」をはじめ、近年の柴田哲孝「下山事件 最後の証言」や森達也「下山事件」などで様々な考察が行われてきた。現時点で、番組としての新たな視点や知られざる事実を提示できるのか。そこが注目ポイントだった。

番組を見て驚いた。下山事件を担当した主任検事の名は布施健。後に検事総長として「ロッキード事件」の捜査を指揮し、田中角栄元首相を逮捕したことで知られる人物だ。制作陣は布施たちが残した700ページにおよぶ膨大な極秘資料を入手。これを4年かけて分析し、取材を進めてきたのだ。

浮上してきたのはソ連のスパイを名乗り、下山暗殺への関与を告白した“李中煥”という人物の存在だ。やがて李がGHQの秘密情報組織「キャノン機関」の密命を受けていた可能性が明らになっていく。いわゆる「二重スパイ」である。

さらに制作陣は、キャノン機関に所属していた人物をアメリカで発見する。李の写真を見せると、面識があったと証言した。

またGHQの下部機関であるCIC(対敵情報部隊)にいた人物の遺族と面談。本人が「あれは米軍の力による殺人だ」と語ったことを聞き出す。

米ソ対立が深まる中、米国は有事の際に国鉄を軍事輸送に使うことを計画。下山亡き後の朝鮮戦争ではそれが実施された。事件は米国の反共工作の中で起きていたのだ。

番組は森山未來が布施検事を演じたドラマ編と、ドキュメンタリー編の二部構成。両者は互いに補完し合いながら、現在の日本社会に繋がる戦後の闇に光を当てていた。

(しんぶん赤旗「波動」2024.04.11)