告白できない男たちと
死に急ぐ女たちの物語
斎藤美奈子
『出世と恋愛~近代文学で読む男と女』
講談社現代新書 1056円
日本の近代文学が扱ってきた大きな課題に出世と恋愛がある。斎藤美奈子『出世と恋愛~近代文学で読む男と女』は、代表的な青春・恋愛小説12編を俎上に載せ、この二大テーマがどう描かれてきたのかを探っていく。
目立つのは名作の中の男たちのダメさ加減だ。たとえば、夏目漱石『三四郎』。著者は「告白できない男たちの物語」という近代青春小説のパターンを見出す。
ヒロインの美禰子は謎めいた女性で、三四郎だけでなく野々宮にも秋波を送るように見える。
しかし著者によれば、三四郎にちょっかいを出すのは野々宮の嫉妬をあおる「あてつけ」に過ぎない。今日の少女漫画や学園ドラマでいう「二番手男子」だ。三四郎、戦わずして敗れたり。
また恋愛小説の元祖のような徳富蘆花『不如帰』にも、著者の辛辣かつユーモラスなメスが入る。
ヒロイン・浪子を不幸にする最大の要因はマザコン夫の武男だ。「口だけは達者だが、それ以上ではない人物」とダメ男に手厳しい。
不治の病で離縁された浪子は、「もう女になんぞ生まれはしない」と言って亡くなり、「死に急ぐ女たちの物語」という近代恋愛小説のパターンを生み出した。
現代社会ではストレートな出世志向も恋愛の切磋琢磨も、どこか敬遠されているようだ。
とはいえ、自分の好きなことを仕事にしたい、好きな人の近くにいたいといった願いは、今も自然なものだろう。近代文学の中に思わぬヒントが見つかるかもしれない。
(週刊新潮 2023.08.10号)