【旧書回想】
「週刊新潮」に寄稿した
2021年5月前期の書評から
松任谷正隆『おじさんはどう生きるか』
中央公論新社 1650円
音楽プロデューサーの著者は今年70歳になる。自称「おじいさん見習いのおじさん」の目に、世の中や自分はどう映っているのか。誰もが我慢しない時代。著者が大事にするのはルールよりマナーだ。そこには自由度がある。喧嘩のマナー。女性を見る時や年下と接する際のマナー。そしてコロナ感染をめぐるマナーも。「僕は人より順応性がない」と告白する、著者ならではの気づきが新鮮だ。(2021.03.25発行)
辻 真先『二十面相暁に死す』
光文社 1980円
江戸川乱歩作品への敬意に満ちた、『焼跡の二十面相』から2年。待望の続編が登場した。敗戦の翌年、明智小五郎と小林少年の偽者が現れ、羽柴家秘蔵の「黄金の厨子」を奪う。続けて銀座・太田垣美術店の「魔道書」も盗まれる。いずれも復活した怪人二十面相の仕業だ。立ち向かう明智と小林少年。進駐軍が君臨する不穏な時代を背景に、細部まで再現された少年探偵シリーズの世界が楽しめる。(2021.03.30発行)
赤石晉一郎『完落ち~警視庁捜査一課「取調室」秘録』
文藝春秋 1760円
ロス疑惑、宮崎勤の連続幼女誘拐殺人事件、そして地下鉄サリン事件。その全てに捜査員として関わったのが、警視庁捜査一課の大峯泰廣だ。取調室という閉じた空間の中で、間合いとタイミングと言葉を駆使して容疑者と対峙する。たとえば宮崎勤に「心の闇」などなく、あくまで「わいせつ目的」だったことを暴いた。〝伝説の刑事〟が遭遇した現場の軌跡は、そのまま昭和・平成事件史である。(2021.04.15発行)
落合博満『戦士の食卓』
岩波書店 1650円
前作『戦士の休息』で、著者は無類の映画通であることを知らしめた。第2弾の本書は「食の哲学」だ。プロのスポーツ選手は食べることも仕事。選手から監督へという軌跡と共に、愛する故郷・秋田の米、鍋料理の全国行脚、酒の効用、人と器の関係などが語られる。好き嫌いが激しかった食生活を改善し、体を作り直すことで三冠王へと導いた信子夫人が明かす、「落合家の食卓」秘話も出色だ。(2021.04.14発行)
川本三郎『映画のメリーゴーラウンド』
文藝春秋 1980円
ウディ・アレン『女と男の観覧車』で始まった話が、舞台であるコニー・アイランドの名物、ホットドッグを介して『ペーパー・ムーン』に飛び、さらに2018年公開の『レディ・バード』へと繋がっていく。まさに「映画の尻取り遊び」だ。洋画、邦画、旧作、新作、ジャンルさえも超えた連想を可能にしているのは豊富な知識だけではない。細部への眼差しが象徴する、著者の映画愛のなせる業だ。(2021.04.15発行)
長濱 治『奴は・・・』
トゥーヴァージンズ 4950円
写真集である。ただし被写体は、可愛いアイドルでもモデルの美女でもない。『HELL‘S ANGELS 地獄の天使』で知られる写真家が40年にわたって撮り続けた作家、北方謙三だ。街を背にスーツとソフト帽で立つ。ジーンズに革ジャンで歩く。時にはタンクトップで竹刀を振る。2ショットの相手が高倉健でも、その風圧に負けない男がここにいる。ハードボイルドはジャンルではなく生き方そのものだ。(2021.04.30発行)
コロナ・ブックス編集部:編
『トキワ荘マンガミュージアム―物語のはじまり』
平凡社 2200円
若き日の手塚治虫、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などが暮らした伝説のアパートが「トキワ荘」だ。1982年に解体されたマンガの聖地が、昨年ミュージアムとして甦った。木造の建物、ギシギシ鳴る階段、ふすまの柄、さらに窓からの景色まで当時の雰囲気を再現している。本書はガイドブックであると同時に昭和へとワープするタイムマシンだ。トキワ荘が満室の頃、それはマンガの青春時代でもあった。(2021.04.21発行)
読売新聞文化部「本よみうり堂」編
『キリンが小説を読んだら―サバンナからはじめる現代文学』
書肆侃侃房 1760円
読売新聞の連載企画「現代×文芸 名著60」が一冊になった。並ぶのは現代を理解するのに有効な小説60冊。選者は英文学者・阿部公彦、詩人・蜂餌耳、そして翻訳家・辛島デイヴィッドの3人だ。生きにくさを感じる心に寄り添う、小川洋子『ことり』。老いの現実を見つめる、水村美苗『母の遺産―新聞小説』。震災後の東北が舞台の佐伯一麦『空にみずうみ』など。いずれも期待を裏切らない名作だ。(2021.04.27発行)