goo blog サービス終了のお知らせ 

碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

「大豆田とわ子と三人の元夫」  脱ストーリーの実験作

2021年06月06日 | 「毎日新聞」連載中のテレビ評

 

 

<週刊テレビ評>

「大豆田とわ子と三人の元夫」 

脱ストーリーの実験作

 

困ったドラマだ。「どんな話?」と聞かれて、「こんな筋だよ」と即答しづらいのだ。「大豆田とわ子と三人の元夫」(関西テレビ制作・フジテレビ系、火曜午後9時)である。

珍しい姓の大豆田とわ子(松たか子)。平凡な姓を持つ田中(松田龍平)、佐藤(角田晃広)、中村(岡田将生)が元夫だ。3人は離婚後も、とわ子が気になって仕方ない。とはいえ元妻の争奪戦を繰り広げるわけではない。4人の微妙な関係と日常が、じんわりとユーモラスに描かれていく。

しかし一瞬も目を離すことはできない。いや、正確にはどんなセリフも聞き逃すことができない。ストーリーよりも大事なのは、登場人物たちの関係性が生む「セリフ」だからだ。脚本の坂元裕二が仕掛けた、<脱ストーリー>という実験作と言っていい。

2017年の「カルテット」(TBS系)以上に、舞台劇のような言葉の応酬はスリリングで、行間を読む面白さがある。個々のセリフが持つニュアンスを、絶妙な間と表情で伝える俳優陣にも拍手だ。

とわ子が、亡くなった親友・綿来かごめ(市川実日子)に、元夫との関係が「面倒くさい」と愚痴ったことがある。かごめは「面倒くさいって気持ちは好きと嫌いの間にあって、どっちかっていうと好きに近い」と言い当てる。

また、勝手な持論を展開する元夫の中村に、とわ子が言う。「私が言ってないことは分かった気になるくせに、私が言ったことは分からないフリするよね」

そして、3回の離婚経験があるとわ子は「かわいそう」で、「人生に失敗している」と決めつける取引先の社長がいた。「人生に失敗はあったって、失敗した人生なんてないと思います」と言い返す、とわ子。ドラマ全体が、まるでアフォリズム(警句・格言)を集めた一冊の本のようだ。

さらに、このドラマの特色として、恋愛や結婚そして離婚に関する一般的イメージや既成概念を揺さぶっていることがある。たとえば、かごめは「恋愛になっちゃうの、残念」と言っていた。互いを好ましく思う男女に、恋愛や結婚以外のつながり方があっていい。

同時に、一人でいることを幸福と感じる生き方もある。それぞれもっと自由に、自分らしさを大切にして生きてみたら? かごめは、そう言いたかったのではないか。

ドラマは終盤に入り、とわ子に新たな出会いがあった。オダギリジョーが演じる外資系ファンドの男だ。よもや4度目の結婚でハッピーエンドなんてことはないだろうが、ぜひ見る側の予想など、きれいに裏切ってほしい。

(毎日新聞 2021.06.05夕刊)


「漫画家」「編集者」花盛り  ドラマが描く仕事と恋愛

2021年06月06日 | 「北海道新聞」連載の放送時評

 

 

 

 

碓井広義の放送時評>

「漫画家」「編集者」花盛り 

ドラマが描く仕事と恋愛

 

刑事ドラマや医療ドラマなど、同じジャンルが同時多発することがある。今期、目立つのが恋愛ドラマだ。しかも、「漫画家」や「編集者」が登場する作品が並んでいる。

まず、「レンアイ漫画家」(フジテレビ-UHB)の主人公は少女漫画家の刈部(鈴木亮平)だ。恋愛漫画のネタを求めて、無職だったあいこ(吉岡里帆)を雇い、「疑似恋愛」を命じた。雇用関係から生まれる恋愛だが、設定にやや無理がある。

次が「あのときキスしておけば」(テレビ朝日-HTB)の漫画家、巴(麻生久美子)である。旅行中の事故で亡くなり、魂が見知らぬ男(井浦新)に乗り移る。井浦は好演しているが、「入れ替わり物語」という意味での新規性は薄い。

主人公が編集者のドラマとしては、北川景子主演「リコカツ」(TBS-HBC)がある。咲(北川)はファッション誌の編集者だ。自衛隊員(永山瑛太)とスピード結婚するが、別れるのも早かった。離婚したことで相手や自分の本心が見えてくるという展開は、ちょっと目新しい。

そして、「カラフラブル」(読売テレビ-STV、放送終了)のヒロイン、和子(吉川愛)は漫画誌の編集者。しかし、そのエネルギーはもっぱら美形の男性スタイリストなどに向けられ、あまり熱心に仕事をしているようには見えなかった。咲も和子も編集者の仕事より私生活のほうが忙しいのだ。

なぜ、恋愛ドラマで漫画家や編集者がもてはやされるのか。制作側にとって望ましいイメージがあるからだ。漫画家ならわがままでエキセントリック。突飛(とっぴ)な行動も許される。編集者は自由度の高い職業で、さまざまな人と出会うことができる。実際はともかく、恋愛ドラマでは使い勝手のいいキャラクターだ。

一方、恋愛ドラマではないが、全力で記事を作る女性たちがいる。NHKドラマ10「半径5メートル」の風未香(芳根京子)は、女性週刊誌の生活情報班。身近なネタを、視点を変えながら深掘りしていく。指南役はフリーライターの亀山(永作博美)だ。料理における「手作り」の意味が曖昧なことを明らかにし、アンティークチェアを使って人と物の関係を探り「断捨離ブーム」を検証する。

自分の流儀で仕事を進める亀山と、取材を通じて「ものの見方」が深まっていく風未香の様子がスリリングだ。ドラマは現実を映す鏡。仕事も恋愛も一筋縄ではいかないところに醍醐味(だいごみ)がある。

(北海道新聞  2021.06.05)


毎日新聞に寄稿した、エッセイ「なつかしい一冊」

2021年06月06日 | メディアでのコメント・論評

 

 

今週の本棚・なつかしい一冊

碓井広義・選 

『モッキンポット師の後始末』

  =井上ひさし・著 講談社文庫 660円

 

大学生になったのは1973年。オイルショックの影響でトイレットペーパーが店頭から消えた年だ。見つけた下宿は台所もトイレも共同の四畳半。農家が崖の下の「納屋」を改造して作ったもので、私を含む3人の1年生が入った。家賃6700円は大学生協が斡旋(あっせん)する最安値だった。

壁は薄いベニヤ板だったからプライバシーなどない。3人はすぐ仲良くなった。一緒にバイトをしたり、実家から送られてきた米を融通し合ったりするビンボー学生生活を面白がることができたのは、前年に出版された井上ひさしの連作小説集『モッキンポット師の後始末』のおかげだ。

物語の背景は昭和30年代。主人公の小松は仙台の孤児院で高校までを過ごし、東京の「S大学文学部仏文科」に入学する。同時に「四谷二丁目のB放送の裏にある『聖パウロ学生寮』」に住み始め、土田や日野という親友もできる。S大学は井上さんの母校である上智大学(ソフィア・ユニバーシティー)を指す。B放送は当時四谷にあった、ラジオの文化放送だ。モッキンポット師(神父)も実在の神学部教授がモデルだった。

モッキンポット師は、小松のバイト先が「フランス座」だと知った時、「コメディフランセーズといえば、フランスの国立劇場や。するとあんたは、国立劇場の文芸部員……?」などと勝手に勘違いする素敵な人だ。もちろんフランス座は浅草のストリップ劇場であり、小松はこっぴどく叱られる。

次々と珍事件を起こす小松たち3人組。彼らの尻ぬぐいに奔走するモッキンポット師。やがて聖パウロ学生寮は閉じられてしまうが、主人公たちの友情と騒動は続いていく。その愛すべき愚行は大いに笑えて、ちょっとしんみりもして、小説の中の登場人物たちに励まされた。

大学4年生の頃、文章講座の授業に井上さんがゲストとしてお見えになった。終了後に雑談する機会があり、私は『モッキンポット師の後始末』に助けられ、べニヤ壁の下宿も楽しむことができたと感謝した。井上さんは「それは貴重な体験ですよ。いつか書いてみるといい」と笑いながらおっしゃった。この時は、三十数年後に自分がS大学文学部教授になることなど想像もしていない。

井上さんが亡くなったのは2010年の春。75歳だった。思えば、大学の教室で向き合った時はまだ40代だったのだ。当時の井上さんの年齢をはるかに超えてしまったが、「いつか書いてみるといい」と言われたあの言葉は、今も宿題のままだ。

(毎日新聞 朝刊 2021.06.05)