碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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毎日新聞で、橋田寿賀子さんについて解説

2021年04月06日 | メディアでのコメント・論評

 

 

橋田寿賀子さん、

こだわり続けた女性視点 

背景に戦争への嫌悪

 

テレビドラマの世界で、数々の話題作を残してきた脚本家の橋田寿賀子さんが4日、亡くなった。女性の視点に徹底してこだわった橋田作品は、それまで顧みられることがなかった女性のリアルな思いを浮き彫りにしたが、その背景にあったのは自身も体験した戦争への恐怖と嫌悪だった。

橋田さんは、ドラマ史の中でエポックメーキングといえる作品を少なくとも3作発表している。1作目は「となりの芝生」(NHK、1976年)。

山本陽子さん演じる嫁と、沢村貞子さん演じる夫の母が繰り広げるいわゆる「嫁しゅうとめもの」だ。事あるごとに難癖をつけるしゅうとめの嫌みや愚痴をたたみかけることで、それまでアットホームでほのぼのとした作品がほとんどだったホームドラマで、誰もが抱えるリアルな感情を描き切った。

家族という集団の中に潜み、それまで顧みられることがなかった葛藤を女性の視点で浮き彫りにした衝撃作だった。この流れは、平成以降続いた「渡る世間は鬼ばかり」(TBS系)へと続く橋田作品の柱の一つとなっていく。

2作目は「女たちの忠臣蔵」(TBS系、79年)。男性の視点のみで描かれてきた時代劇に女性の視点を持ち込み、資料がほとんどない分、自身の想像力を大いに飛躍させ、新たな世界を創造した。この流れは、大河ドラマ「おんな太閤記」(81年)、「春日局」(89年)へと続いていく。

3作目は「おしん」(83~84年)。女性の一代記を描くことが多い連続テレビ小説枠でも、異例の1年間にわたって放送された作品だ。

山形県の寒村に生まれたヒロイン、おしんの生涯を、小林綾子さん、田中裕子さん、乙羽信子さんが演じた。「おしん」といえば、誰もが最上川で父母と別れるシーンを思い出すが、少女期、青年期、老年期の各時代を濃密に描き通し、視聴者の関心を1年間、引っ張り続けた筆力は橋田さんの真骨頂といえる。

実は「女たちの忠臣蔵」の裏テーマは戦争の悲しみ。愛する男たちを戦いに送り出す女性を描くことで、時代劇の場を借りて戦争の悲劇を伝えたのだという。

「おしん」では、奉公先を逃げ出した幼いおしんが、雪山で中村雅俊さん演じる男性に助け出される。彼は日露戦争で戦争のむなしさを知った脱走兵で、憲兵に見つかって射殺される。おしんに大きな影響を与える人物として描かれた。

空襲を知る橋田さんにとって、戦争は大きなテーマだった。「人は人を殺してはいけない」。戦争への強烈な嫌悪を持ち続けた橋田さんは、殺人事件を扱ったドラマだけは生涯書かなかった。【佐々本浩材】

描き続けた普通の人たちの人生

元上智大教授でメディア文化評論家の碓井広義さんの話 

「おしん」などNHKの連続テレビ小説を4作、大河ドラマを3作も担当した実績は空前絶後と言っていい。それだけ、視聴者を引き込む物語を構築する力のある人だった。橋田さんのドラマに登場する人物は「特別な人」ではなく、市井の人々。普通の人たちの普通の人生の中にこそドラマがあると確信して物語を書いていたと思う。視聴者は橋田さんのドラマから、自分たちの日常を肯定し、大切なものだと感じることができたのではないか。

人間の言葉の「マジック」

俳優・藤山直美さんの話 

橋田先生は、NHKの連続テレビ小説「おんなは度胸」(1992年)の(ヒロインをいびる義理の娘)花村達子役で、私を世に出してくださった方で、本当にお世話になりっ放しでした。長期にわたるドラマを数多く手掛けられましたが、たとえ途中で1回抜かしても、途中から見始めても、物語がわかりやすくて人物の人間性がよくわかりました。あれはもう人間の言葉の「マジック」だったと思います。国の財産みたいな方。さみしいです。

(毎日新聞デジタル 2021.04.05)