『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・塗椀に割つて重しよ寒卵―石川桂郎:上

2018年01月01日 15時33分30秒 | ■俳句・短歌・詩

 

   塗椀に割つて重しよ寒卵  石川桂郎

   ぬりわんにわっておもしよかんたまご。旅先での「朝餉」を詠んだものだろうか。“何とか塗り” という、ちょっと洒落た「漆器」が眼に浮かぶ。句集『高蘆(たかあし)』より。昭和44年作。

   「塗椀」については、おそらく誰もが、形や大きさの割には意外に “軽い” と感じるはずだ。それはおそらく、日ごろ使っている “陶器か磁器” 製の「ご飯茶碗」の “重さ” が、揺るぎない感覚として掌に残っているからだろう。

   陶器や磁器の茶碗に「卵」を割り落としたところで、 “変化した重み” はそれほど感じられない。しかし、 “木製” の「塗椀」(漆器)であれば、“卵の分だけ変化したその重み” は明らかに掌に伝わって来る。しかもそれが “寒中” とくれば、指先はいっそう繊細にその違いを感じ取っているはずだ。

   その “小さな気づき” が、旅先の「とある宿房」であったとしたら。また、思わずその “銘” を確かめたくなるほどの「塗椀」であったとしたら。折しも、窓の外には「冬日の光」が充ち満ち……その気配を感じながらの朝餉であったとしたら。

   そして、そこに、 “色艶鮮やかな、ぷるんとした新鮮な黄身と白身” が、「塗椀」の中に躍り出たとしたら……。

   思わず、弾んだ気持ちで “卵とは、こんなにも重みを感じさせるものか” と呟きたくもなろう。

   果たして、師桂郎は “何処を誰と” 旅をしていたのだろうか。……いや、独り旅であったのかもしれない。いやいや、旅などではなかったのかも……。

   ともあれ、「割つて重しよ」に、“万感の想い” がこめられているようだ。無論、それは “卵だけ” ではないのだろう。師が “重しよ” と呟いたものの本当の “正体” とは? それとも、筆者の考えすぎというものだろうか。

       ☆

   「二十四節気(にじゅうしせっき)」の「小寒」から「節分」までを「寒の内」(※註1)という。実は「卵」は、この期間が一番滋養があって美味しいとされている。

   とはいえ、特にそれを裏付ける根拠もなさそうだ。おそらく、食材が満足になかった時代の、さらに食材が少ない “冬場” の “貴重な蛋白源” として重宝がられたために、そういうイメージが定着したのかもしれない。 

   ところで、「二十四節気」を、さらに約五日ずつ三つに区分した「七十二候(しちじゅうにこう)」では、「大寒」を次のようにしている。

  ・初候:「款冬華」―蕗の薹(ふきのとう)が蕾を出す。

   ・次候:「水沢腹堅」―沢に水が厚くはりつめる。

   ・末候:「鶏始乳」―鶏(にわとり)が卵を産み始める。 

   これはいわば「日本版」だが、中国本来のものでは「初候」が “鶏始乳” となっており、また日本では「次候」の “水沢腹堅” も、中国では「末候」に来ている。

       ☆   ☆

   小学五年生となった1958年春。引越先の自宅近くに「養鶏場」があり、「卵」をはじめとする簡単な食品を売っていた。ようやく “戦後10余年” を経過したというこの時代、「卵」は高価な食品であり、貴重な栄養源だった。そのため、病気見舞いの「贈り物」として喜ばれていた。 

   「卵」の価格の推移を調べてみると、1950(昭和25)年の価格を「指数100」とした場合、2012(平成24)年は僅か「9」、1958(昭和33)年は「42.8」となっている。

   つまり、平成24年時点の「卵一個」を「20円」とした場合、終戦から5年後の1950(昭和25)年は「一個220円」、1958(昭和33)年は「1個95円」したことになる。当然、大きさの違いによって価格は異なっていた。

   今日のように「パッケージ入り」はなく、“ばら売り” のものを必要な個数だけ買ったものだ。その際、養鶏場の “おばちゃん” が、裸電球入りの木製ボックスの「穴」に「卵」を当て、 “一個ずつ” 明かりに透かしながらチェックしていた。

   ひび割れや血卵、破卵、汚卵といった不具合の検査だったのだろう。問題がない卵を、一個ずつ大切に新聞紙片に包みながら、『これは大丈夫やけんね』と言って微笑んでいた。その微笑みは、「購入客」に対するものというよりも、“不良品でなかったこと” に安堵する “生産者自身の微笑み” であったような気がするのだが……。今でも「卵かけご飯」をするとき、このことを想い出すときがある。

   作家の名前は忘れたが、戦後すぐの頃、兄弟姉妹数人(3人だったように記憶している)が、「どんぶり飯」に「卵一個」を入れ、「醤油」をたくさん注いで分け合ったという話があった。そのため、幼い妹は “醤油の味” を “卵の味” と信じて疑わなかったと言う。

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 ※註1:「寒の内」…… 暦の上で寒さが厳しいとされる期間。「寒中かんちゅう)」ともいう。 「二十四節気」の「小寒(しょうかん)」(1月5日)の日から「立春」(2月4日)の前日(節分)までの約30日間をさし、「大寒(だいかん)」(1月20日)の日がほぼその中間となる。「小寒」の日を「寒の入り」、「立春」の日を「寒明け」という。なお、この期間中に見舞うことが「寒中見舞い」となる。★( )の月日は、2018年における日付。

 

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 新しい年の始まりに感謝と歓びを

   今年も一年を通じて平穏で安らかな日々でありますように。

   平成30年元旦

   花雅美秀理 拝