『感性創房』kansei-souboh

《修活》は脱TVによる読書を中心に、音楽・映画・SPEECH等動画、ラジオ、囲碁を少々:花雅美秀理 2020.4.7

・形を超えた家族/『六月の綻び』(下‐4)

2014年10月01日 00時01分31秒 | ●演劇鑑賞

 

――前回の最後の後、沈黙が流れる。

  〈弟〉は、〈妹〉に『ピザを10回言う』よう迫る。嫌がる〈妹〉に何とか10回『ピザ』と言わせる。

弟「ピザって、月に何回言う?」

妹「月に? ほとんど言わないよ。注文したら、たくさん言うけど。」

弟「じゃ、年に何回言う?」

妹「やっぱり、ほとんど言わない。注文したら……10回くらい……。」

弟「なのに、お前は今、10回もピザって言葉を言ったんだよ。」

 黙って頷(うなづ)く〈妹〉。

弟「僕たちはね、注文なんてできない。食べていいのはね。ここにある食べ物だけ。なのにね、ピザと言う言葉を10回も言ったんだよ。僕たちはさ、外に出てはいけない。触れてもいけない。見てもいけない。なのにね、《》の言葉を何回も言ったんだよ。……いやな気持になるだろう。」

 ……中略……

「……僕たちは、『止めて』と言う言葉を使いすぎたからこうなっちゃったんだよ。痛みを我慢するしかなくなったんだよ。言葉を言えなくなって。お互いの身を削いで。終(しま)いには、自分の身を押しつけて来るんだよ! それが家族だろって!」

 俯(うつむ)いた〈弟〉の小さな嗚咽(おえつ)。そして沈黙。

 

弟「……家族じゃなくてもよかったんだよ。」

 〈妹〉は、俯き加減にじっと聞いている。

 〈妹〉が、何か心を決めたかのような改まった表情で〈弟〉に語りかける。

妹 ★1「あのね。あたし、つまらなかったの。……ずっと、つまらなかったの。あたしの“つまらない毎日”は、改修されて行ったの。何か、ぱあっとやろうとすると、結局、ぜんぶ“つまらない毎日”に改修されていったの。きっとさ、あたしの周りには楽しい毎日が流れていたと思うの。でも、そのどれにもうまく対応できなくて。頭がぼんやりして……そしたら、楽しいことも辛いことも苦しいことも悲しいことも嬉しいことも、全部、ぼんやりしてしまってね。……世の中であたしだけが、平べったァ~く、ぺたァって、なっててさ(両手でそのような仕草をする)……。結局、あたしは流されてしまうんだろうなって。すぐ、雨に流されて。すぐ、台風に飛ばされてしまうんだろうなって。」

 ――降り続く雨。

妹 「凄い雨だね。六月は梅雨だから。梅雨は、雨が降ってできたんだから。外ではどれくらい雨が降っているんだろう。梅雨は、ジメジメしててさ、雨が鬱陶しくて嫌な気分。

[]は、スイカの季節。太陽は痛い。スイカの実を食べて、黒い種は吐き出す。種はよく見るとすごくきれい。 []は……なんだろ? 枯れてる。枯れてるんだよ。ただただ枯れてる。焦げてるなのに、みんなそれはきれいという。 []は……何? 何にもない。空気がきれい。透明なのに白い。吐く息は関係ない。朝は白い。お日様は遠くにある。 []は……やっぱり桜? 定番。私は葉桜。桜は眼に悪い。眼が悪くなって、世界がどんどん見えなくなって来る

 そしてまた[梅雨]がやって来る。雨がザーザー降って、ポツポツとはなかなか降ってこない。ときにはガラスをバタバタと叩く。でも雨は止んじゃいけない。止んじゃうと、それ以上の音が聞こえちゃうから人の動く音……。」

 この間、〈弟〉は落ち込んだ様子で俯いたまま、手で顔を覆うように悲しみにくれている。

 ――激しい雨の音。 ――沈黙。

 〈弟〉の方に眼をやる〈妹〉。

 

妹「あのね。こんなに苦しいことはなかったの。哀しいこともなかったの。」

 その口調は強く、

妹「私の平っぺったい毎日が、大きな、形になったの。」

弟「(俯いたまま、涙声でやっと言葉を押し出すように)……ごめん。ごめん……。」

妹 ★3わたしはお兄ちゃんを食べない。もうお互い食べ合うことなどしなくていい……。だって……わたしたちは、家族じゃないもん……。」 

 〈妹〉を見つめる〈弟〉。いっそう激しくなる雨音。

弟「でも僕はさ……」

妹「何? 聞こえない。」

弟「ごめん。お兄ちゃんと呼べなくて、ごめん。」

妹「何て?」

弟「ルール守れなくて、ごめん。」

妹「聞こえない。」

弟「家族になれなくて、ごめん。」

妹「もう一回言って。」

弟「本当の家族になれなくて、ごめん。」

妹「いいよ」

弟「何?」

妹「いいよ。」

弟「聞こえない。」

妹-赦す。

 ――雷鳴と共に、いっそう激しくなる雨。暗転(照明消える)

 ――舞台に、薄暗い照明が入る。

 〈弟〉が《何か》を見つめるように一人立っている。その《何か》の方へと歩み寄る〈弟〉。

 

  前回(下-3)同様、〈(次兄)〉がにある《何か》から「布製の物」を “脱がせ”ています。 いや、“剥ぎ取っている” というべきでしょうか。しかし、観客には〈弟〉の視線の先が“見えない” ため、すぐには “それ” が何であるかは判りません。“脱がせた” ように見えなくはありませんが、やはり “その物”は “剥ぎ取った” とする言い方が適切なのかもしれません。「その物」とは、どうやら「シャツ」のようです。〈〉は今 “剥ぎ取った白いシャツ” をハンガーに掛けようとしています。薄暗い明りでその模様はよく判りませんが、何処となく「妹が着ていた、いくつかの赤い円形が一列に重なり繋がった模様」のような気がします。

 

 ――その薄暗い中、〈弟〉のモノローグが始まる。

弟 「……こうしてぼくはまた一人で肉を食べているんです。硬くなっていくんです。肉だけは……。兄貴と妹は僕の身をギリギリに裂いて、ドロドロになるまでしゃぶって呑み込んで行きました。家族が僕の心を食べて、僕は家族の身体を食べたのです。……そして、ここに残った僕は何なんでしょうか? 僕の身体には、いま家族の血が流れています。僕たちは文字通り、形を超えた家族となったのです。これは多分、とても幸せなことなんです。」

 そう言った後、椅子から転がり落ちる〈弟〉。しかし、急に何かに脅えたかのように床に蹲(うずくま)りながら、泣き叫ぶように声を出す。

弟 ★6「ここから出してください。もう誰もいないんです。もう食べるものがないんです。……助けてください。誰か僕を見つけてください。」

 ――外から家の壁を激しく叩く音。『止めてください』と何回も叫び続ける〈弟〉。

 ――照明が消えても(暗転)、外から家の「壁」を叩き続ける音がしている。

 ――BGMが入る。 終幕―― [続く]

 

 ※次回が「最終回」となります。 

 

 

 



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