渡辺武著わかりやすい漢方薬
第二章漢方薬はどう診断するか
2 氣のやまい(気毒症-氣滞症)
酒は涙かため息か
漢方では古言に「上工は未病を治す」という言葉があります。
この意味は、上手な医者は、病気になる以前の状態の異常を診て治してくれるということです。
漢方はこの未病といわれる病気を出発点にしているのです。
いわゆる現代医学で〝愁訴〟とか、〝不定愁訴〟といわれることを、漢方では証―訴えや異常を改善、正常化する薬物の投与条件―としてとらえているのです。
漢方薬には気剤があります。
気の病に用いる薬剤ですが、これは人間の精神や神経など無形の因子―気を発散する薬です。
病気の初期の身体のひずみを正常化する薬剤である気剤をもっていることが、漢方が西洋医学とちがう点です。
昔懷しい流行歌、古賀正男が作曲し、藤山一郎の唄ったメロディに「酒は涙かため息か、心の憂さの捨てどころ」という歌があります。
昔から酒は〝百薬の長〟といわれ、キリスト教などでは葡萄酒を〝生命の泉〟とさえいったほど、大切な薬であったのです。
この古賀メロディのこの一節は、酒が薬であることを大変わかりやすく説明しています。
酒という、血行を促進し発散を助ける辛温と呼ぶ気剤を飲めば、涙という水分を眼から発散して明眸にしてくれるのです。
ため息というのは、口から水分を発散していること、それによって気が晴れてくるということです。
漢方では酒は発散する気剤、気の病の薬として用いられてきたのです。
涙やため息や憂うつな生理状態は、悲しい時、傷心の時、淋しい時、つまり精神、神経に打撃を受けた時に起る、他人には測り知れない、無形な気のうっ積状態で、呼吸器から湿度の高い息を出し、元来乾いていなければ見えない眼球に水がたまり、涙となって現れる現象です。
それでは気剤とはどういうものでしょうか。
人間は大腸、呼吸器、皮膚、口、鼻、頭などから気体を出しています。鼻が詰まったり、頭の毛が抜けたり、便秘したり、呼吸が苦しくなったりするのは、これらの部分に水分が集まっているからなのです。
そこで、これを気体にして発散させるものが気剤なのです。
頭が重いという状態を、気体にして発散させてやることなのです。
もう少しわかりやすく病気で説明しますと、風邪とかインフルエンザとか肺炎などは、呼吸器に水分がたまっている状態をいうのです。
肺は正常な状態では乾いた空気を出していますが、湿ってくると人間には体温がありますので、微生物や細菌が繁殖しやすくなるわけです。
あくびが出たり、げっぷが出るのは、湿っている証拠なのです。
これを発散させて乾かしてくれるのが気剤なのです。
気剤は香りに高いもの、今でいう香辛料のこと、漢方薬では「辛」と書いて区分しています。
漢方医学は二千二百年前の漢の時代に端を発した哲学です。
漢時代は病は皮膚か内臓かという二つの考え方であったのが、宋時代には進歩して、五臓六腑があるということを知るわけです。
その進歩は同時に漢方薬という自然薬を発展させてきたのです。
この草根はどの臓器に効く、その木皮はあの臓器に効くと、歴史の中で人間が薬剤の人体実験をして体得してきたのが、漢方薬の処方の原理です。
これは病気の原因や病位病状という考え方とは逆に、薬剤の側から人間の病気を分類しているのです。
陰陽応象大論篇での未病を治す・『上工は未病を治す』金匱要略臓腑経絡先後病 再掲載 語句の意味
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