世の中に、こんな優しい「夏の音」があるだろうか?
「風鈴」の音は、幼いころ下町で暮らした夏の思い出に一直線につながっていく。
同じような軒を並べた下町の住居は、夏の間は窓も開け放たれたまま
遠慮のない、それぞれの家族の暮らしの声が筒抜けだった。
ちゃぶだいにお茶碗を並べる音、「ごはんですよー」とお母さんの声・・・
さかなの焦げた匂い、お風呂の石鹸と湯垢の匂い、1日1日がゆっくり、穏やかに回っていた気がする。
そんな気がしたのは子供だったから?
大人たちは、子供を食べさせ、着せ、学校に上げ、それはそれは大変だった筈。
親の苦労なんて知る由もない、子供の特権。
5,6歳の頃だったか、我が家の軒下に風鈴が美しい音色を奏でていた夏があった。
その日、誰もいない部屋で一人、お昼寝をしていた。でも、少しも眠くなかった。
私には、気になるものがあった。風も動かない日だった、風鈴は静かに私を見下ろしているだけだった。
何度も寝返りを打ちながら、私は、じっと目を凝らし風鈴を見つめていた。
風はどこから来るのか不思議だった、風をどうしたら連れてこれるのか知りたかった。
小さな頭で、どう考えてもわからなかった。
まどろみかけた頃、風鈴がかすかに鳴った。
少し大きな風が生まれ、風鈴は美しい子守唄になった。
眠りに落ちていく中で「風鈴と風は、本当に仲良しなんだ」と、ぼんやりと納得した。