宮本輝「流転の海」シリーズ第9部「野の春」ついに読み終わりました。
私の夏休みの課題図書でした。実際夏休みなんて2日しかなかったのですが、そう決めたのでした。
戦後の混乱期を生き抜いた、一人の男とその家族のドラマ・・・、簡単に言ってしまえばそうなのですが、ハチャメチャで、でも魅力的な松坂熊吾という主人公の次が知りたくて、見届けたくてあっという間の9部。
私はこのシリーズの半分は仕事の移動の電車の中で読んだ。第9部「野の春」は、この小説を37年という歳月をかけた著者への敬意と一つの不安もあって仕事場の机の上で広げて読んだ。おそらく泣くと思ったからだ。泣いた。さめざめと泣いた。
50代で初めて父親になった主人公は早産で700目しかなかった赤ん坊、伸仁に「お前が二十歳になるまでわしは絶対死なんけんのう」と語りかける。
物語はここから始まる。幾度となく事業に失敗をし、人に騙され、妻を愛しながらも妻以外の女性に幾たびも走り、それでもたくさんの人を助ける。
「大将」と呼ばれる熊吾の一生には、市井の訳ありの、名もない人たちの生活が丹念に書かれていて、ぐいぐい引き込まれていく。
「野の春」桜が満開のある日、熊後は脳梗塞を発症、入院。
巨木が倒れるように、動くことも口を利くこともできなくなった夫にそそぐ妻の情が切なく、この9部1冊でも、あらゆる人に読んでほしいと思った。誠におこがましいのだが。
そして臨終。簡素なお葬式を願った家族のもとに、熊吾に助けられた善意の人々が、つぎつぎと訪れる。「久しぶり!」笑顔もこぼれていそうな桜吹雪の中の別れのシーン、私は読んでいて思わず頬が緩んでしまった、そして泣いた。
私は「野の春」の「野」は、作者はきっと、この人たちのことを指しているのだと確信した。
強く、強く心に残る小説でした。