丸山晩霞という名前をまったく初耳とは思わなかったが、その人の作品を短冊として自分のものにするなど思いもしなかったのでした。先日の七福神巡りで七人の福の神から揃って福を授けるとLINEで「つぶやき」ましたら従姉妹のR子が「そのうちいいことがあるかもよ」と言ってきたのはこのことでした。
R子の実家は長野県東御市袮津ですが、そこを引き払う事になり自宅にあった丸山晩霞の作品の内これを、私に贈ってくれました、
二日ほど前に「贈ります」とLINEで……。実はその時まだ晩霞について名前をおぼろげに記憶にあるくらいで、袮津出身の画家だということも知らずにいたのです。ですからR子には、短冊との連想で日本画の画家だと思って御礼を言っていました。
短冊をいただいてからWikiで、水彩画の先駆者と知りました。
このなかの一枚、
機会をつくりこの絵を見に袮津(私の記憶にある地名は禰津)に行こうと思っています。
禰津は上田在時代、年がら年中行っていた叔父叔母の家で、R子は姉妹のいない私たち兄弟にとって妹でした、それは今でも変わりません。
初めて聞きました。
水彩画の画家・・私の先祖にも画家がいましたが・・災害で亡くなって殆どの作品と共に一瞬で消えました
多くの作品が残っている丸山晩霞の作品、機会が
あったら 見てみたいものです。
でしょう。生まれ育った土地の四季の風景が、その人
の感性を育て画家に成長する要素になった、と言える
かどうかは分かりませんが、信州育ちの私としては、そう言ったみたいです。ワイコマさんの先祖の画家に
なった人にもそう言えるでしょう。