梅雨明け後も庭に姫ヒマワリが次々に咲いて来ます。
鮮やかな少し濃い目の黄色の花弁が穏やかさを醸し出しています。
姫ヒマワリの花は切り花として道の駅に出荷しますが、
よく買い求められる花です。
今日は姫ヒマワリと次郎柿を紹介致します。
庭に咲いている「姫ヒマワリ」
大きくなった裏庭の「次郎柿」
(9月下旬には色付き収穫の時期になります)
梅雨明け後も庭に姫ヒマワリが次々に咲いて来ます。
鮮やかな少し濃い目の黄色の花弁が穏やかさを醸し出しています。
姫ヒマワリの花は切り花として道の駅に出荷しますが、
よく買い求められる花です。
今日は姫ヒマワリと次郎柿を紹介致します。
庭に咲いている「姫ヒマワリ」
大きくなった裏庭の「次郎柿」
(9月下旬には色付き収穫の時期になります)
最近は日常会話で「忠節」という言葉をほとんど聞く機会がなくなりました。皆様方は如何でしょうか。例えば最近は年間20数万件の離婚が生じていると報告されています。多くの場合、離婚の主要因は配偶者に対する忠節が失われ、姦淫・淫行の結果と言われています。結婚の創始者エホバ神にとって姦淫・淫行は容認されない行為です(出エジプト記20:14.ガラテア5:19)。配偶者が互いに対して忠節であれば、大半の離婚は生じないでしょう。
では、忠節とはどんな意味でしょうか。聖書ではこの「忠節」の意味を、「愛情をこめて対象に密着し、その対象に関連した目的が実現するまで離れない親切のこと」としています。忠実であること以上のことが含まれています。結局のところ、人間は単なる義務感から忠実な場合があります。それに対して、忠節は愛に根ざしています。聖書的な意味において、忠節には温かさがあります。忠節が示されるだけで、その特質を発揮している人とその対象となる人との間に深い愛の絆があることがわかります。忠節な愛には、どれほど手ごわい障害おも克服する安定性と強さがあります。私たちが幸福な人生を歩む上で、忠節の意味するところを正確に学ぶ最善の方法は、神エホバが愛のこの素晴らしい一面の忠節をどのように発揮されているかを調べることです。
比類のないエホバの忠節
聖書は神エホバについて、「ただあなただけが忠節な方です」と述べています(啓示15:4)。どうしてこのように言うことが出来るのでしょうか。人間もみ使いも注目すべき忠節を発揮したことがあるのではないでしょうか(ヨブ1:1.啓示4:8)。み子イエスはどうでしょうか。神エホバの「忠節な者」の筆頭ではないでしょうか(詩編16:10)。そうであれば、神エホバだけが忠節な方である、とどうして言えるのでしょうか。
まず、忠節は愛の一面であることを思い起こして下さい。聖書は「神は愛だからです」と述べています(ヨハネ第一4:8)。神エホバは愛に基づき忠節な特質を具現しておられる方です。忠節を完璧に発揮する点でエホバ神に勝る者はいないのです。どのような被造物も及ばない仕方で、この忠節な特質を発揮しておられるのです。幾つかの例を聖書から調べてみましょう。
神エホバは、「そのすべてのみ業において忠節」です(詩編145:17)。エホバの創造の業の結果である、宇宙や地球を観察すればそのことがよくわかります。備えられている各種物理的法則、美しい景観や花々、多種多様な食物や植物や動物たち、備えられている土壌、空気や水を注意深く観察すれば分かります(ローマ1:20)。また「神の像(かたち)」に創造されている畏怖の念を起こさせるまでにくすしい人体を調べることによっても分かります(創世記1:26,27.詩編139:14)。例えば詩編136編では「その愛ある親切(もしくは、忠節)は定めのない時までに及ぶからである」という言葉で区切られています。神エホバは、助けを求める叫びを聞き、定めのない時に行動を起こすことにより、忠実な僕たちに対する忠節を発揮されるのです(詩編34:6)。神の僕たちが、忠節を保つ限り、その者たちに対する神エホバの忠節な愛が揺らぐことはないのです。
さらに神エホバは、ご自分の基準を固守することによっても、ご自分の僕たちに対する忠節を示されます。神エホバは何が悪であるか、善であるかの基準が揺らぐことはありません。幾千年にもわたって偶像崇拝、親を大切にしない者、心霊術、殺人、姦淫・淫行、虚偽、偽証、盗み等々を否として来ました(出エジプト記20:4,5,12~17.ガラテア5:19~21)。神エホバはご自分の預言者イザヤを通して、「人の老齢に至るまでもわたしは同じ者である」と述べて、忠節な者であることを明らかにしています(イザヤ46:4)。ですから、み言葉・聖書に収められている道徳上の明確な指針に従うなら、私たちは永続する益を受けることが出来ることが保証されているのです(イザヤ48:17~19)。
神エホバは、ご自分の約束の言葉への忠実を保つことによっても、忠節を示されます。神エホバがみ言葉・聖書を通して予告された事柄は、その通り実現します。次のように保証されています。「わたし(エホバ)の口から出て行くわたしの言葉・・・は成果を収めずにわたしのもとに帰ってくることはない。それは必ずわたしの喜びとしたことを行い、わたしがそれを送り出したことに関して確かな成功をおさめる」(イザヤ55:11)。み言葉・聖書を調べると、この言葉が真実であることが確証されています。ヨシュア記にも「すべてそのとおりになった」と記されています(ヨシュア21:45)。み子イエスも約束通りに遣わされました。
聖書によれば、神エホバの愛ある親切は「定めのない時まで及び」ます(詩編136:1)。私たちは神エホバの愛ある親切が定めのない時まで及ぶことを感謝すべきです(ローマ3:23)。神エホバの従順な人々は、イエスの弟子としてその残された手本に見倣ってご意志を行うなら、定めのない時・永遠に神エホバの愛ある忠節を経験することになるのです(ペテロ第一2:21.啓示21:3~5)。これは神エホバがみ子イエスを通して保証された言葉です(啓示1:1)。
夕立や 農婦走りて 帰り来る 今日の一句
庭に咲いている「イチゴミルク」
厳しい暑さのためかヒョウモン蝶が裏庭で
草に逆さまに止まりじっと休んでいました。
ヒョウモン蝶もランタナの花や
姫ヒマワリの花の吸蜜に来ているときもあります。
今日はヒョウモン蝶とクレマチスを紹介致します。
裏庭で休んでいる「ヒョウモン蝶」
新潟の写真家の提供「クレマチス」
皆様方も、この地上から悪が一掃されることを望んでいらっしゃる方でしょうか。そのような方々であれば幸いです。私たちの人類社会に、なぜ悪が次々に生じるのかの原因については昨日の紹介記事でお伝え致しました。誠実な人々や警察は悪を取り除こうとして懸命に努力を払いますが、犯罪は増加し続けています。
神エホバは、わしたちが悪い傾向と闘うように願っています(箴言27:11)。また各人に備えられている「良心」も悪と戦います。さらに、神エホバは、どうすれば間違った行いを避け、本当に幸せになれるかを、み言葉・聖書を通して教えてくださっています(詩編1:1~3.イザヤ48:17,18.ミカ6:8.マタイ5:3~10;6:33.ヨハネ3:16;17:3.コリント第一13:4~8.ガラテア5:22,23.ペテロ第二3:10~13)。しかし、私たちは今のところ、神エホバが示される愛を完全に倣うことが出来ません。神エホバは次のように、言っておられます。
「わたし(エホバ)はあなたに洞察力を持たせ、
その行くべき道を教え諭す。
わたしはあなたに目を留めて忠告を与えよう」(詩編32:8)。
私たちは絶えず神エホバからの導きをいつも必要としているのです(詩編119:105)。
現在は対処しにくい危機の時代ですが、神エホバは、すべての人が悪のもたらす悲しい結果を理解できるよう、一定の期間だけ悪を許しておられます(テモテ第二3:1.ペテロ第二3:7~9)。しかし、間もなく、神エホバはご自分に従う大群衆の、ご意志を行う幸福な人たちで地球を満たされるのです(啓示7:9,14.マタイ7:21)。そこには義が宿るのです(ペテロ第二3:13)。神エホバは、次のように約束してくださっています。
「悪を行う者たちは断ち滅ぼされるが、
エホバを待ち望む者たちは、
地を所有する者となるからである。
そして、ほんのもう少しすれば、
邪悪な者はいなくなる。
あなたは必ずその場所に注意を向けるが
彼(邪悪な者)はいない。
しかし柔和な者たちは地を所有し、
豊かな平和にまさに無上の喜びを見いだすであろう」(詩編37:9~11)。
神エホバは邪悪な者を断ち滅ぼすと約束されています(箴言2:22.啓示18章~20:2,10)。そのことが間もなく生じるのです♪
「参考資料」:ものみの塔聖書冊子協会出版、「ものもの塔」誌、2015年7月1日号、16P.
大いなる 詩情広げし 花火かな 今日の一句
季節外れの庭の「スミレ」