愛媛県宇和島市からの良いたより♪

私のブログでは次の内容を紹介致します。
1.「神の王国の良いたより」、聖書教育
2.花々、風景写真
3.俳句、他

大菊と管菊

2015-10-31 21:04:00 | 四季折々の花々

 本格的な菊の季節に入って来ました。

 ご近所の菊の愛好家が菊の手入れをされていました。

 大菊と管菊や鉢植えの菊が見事に並べられ、

 道行く人たちが楽しめるようにしてあります。

 愛好家の説明では後1週間後の方が見ごろだそうですが、

 写真に撮ることの許可を頂きました。

 今日は大菊と管菊を紹介致します。

                     菊の愛好家の世話される「大菊」

                     菊の愛好家の世話される「管菊」   

 

 

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あなたは、イエス・キリストの教えた「命のパン」の意味をご存じですか?(ヨハネ6:48~51)

2015-10-31 21:03:15 | 神の言葉・聖書

 聖書を学ばれた方はご存じですが、最初に創造されたアダムはエデンの地を耕す仕事を与えられ、かつ満ち足りるまで食べることの備えがありました。エデンの園で小麦または大麦を栽培し、手臼で粉にしてパンを焼いて食べたものと考えられます(創世記2:15~17)。アダムの家族は家畜を飼う者、楽器を奏でる者、工具を造る鍛冶屋など、それぞれの特技が与えられ、仕事を分担し、生活を楽しめるようになっていました(創世記4:17~22)。

 約4,000年前、ベツレヘム(この都市の意味は「パンの家」という意味)から南方へ少し行った場所で、アブラハムの妻サラは、突然訪れた客3人に食事として焼きたてのパンをたくさん焼いて提供しました(創世記18:5,6)。サラが使った「上等の麦粉」は、エンマ小麦か大麦の粉だったかも知れません。サラは大急ぎでパンを準備する必要がありました。練ったパン生地を、焼くために、天幕生活をしていたアブラハムとサラは炉ではなく、熱した石の上に置いたのではないかと考えられます(烈王第一19:6).

 聖書にはパンへの言及が約350回あります。霊感を受けた聖書筆者たちは、しばしばパンという語を食物の同義語として用いていました。イエスも祈りの仕方の原則を教えられた通り、神エホバに仕える人は、確信を抱き、「今日この日のためのパンをわたしたちにお与えください」と祈ることができます(マタイ6:11)。この「パン」は食物一般を表しており、イエスがそう言って教えた通り、私たちは日々の命を支える糧を得るために、勤勉に働き神エホバに頼ることができます(詩編37:25)。

 しかし、命を支えるパンすなわち食物よりも重要なものがあります。イエスは次のように教えられました。「人はパンだけによらず、エホバの口から出るすべてのことばによって生きなければならない」(マタイ4:4)。イエスのこの言葉は、イスラエル人が神エホバの供給してくださるものにまったく依存している時代を念頭に置いて語られました。神エホバからの食物の供給は、イスラエル人がモーセによってエジプトを脱出して間もなく始まりました。民が、シナイ砂漠に入って1ヶ月ほど過ぎた頃、食糧が無くなって来た時、食糧が無くなって、その不毛の荒野で餓死してしまうと考え、エジプトでは、パンを満ち足りまで食べていた」不平不満を述べたのです(出エジプト記16:1~3)。その時、神エホバは「いまわたしはあなた方のために天からパンを降らせる」と約束されました。神エホバの約束通り、天からのパンが朝早く地上に表れました。見たところ露か霜のような「細かい薄片状のもの」です。モーセは「これはエホバが食物としてあなた方にお与えになったパンです」と民に説明しました。民はそれを「マナ」と呼び、そのパンが、その後40年間、民の糧となり命を支えました(出エジプト記16:4,13~15、31)。

 当初イスラエル人は、エホバの備えられたパン・マナに感激したに違いありません。マナは「蜜を入れた平焼き菓子」のような味で、一人一人に十分な量が備えられていました(出エジプト記16:18)。しかし、民は時の経過と共に不満に思うようになり、「目にするものといえばマナばかりだ」と愚痴をこぼしました(民数記11:6)。後にイスラエルの民は「パン(マナ)にうんざりした」と、怒りをぶちまけるまでになりました(民数記21:5)。民は身勝手にも、神エホバの備えの「天からのパン」嫌うようになりました。この事例は、人間の身勝手さを例証しています。

     「命のパン」

 実際パンは、の多くのものと同様、あるのが当たり前と思われがちです。皆様方は如何ですか。しかし、聖書には、軽んじてはいけない極めて特別なパンのことが述べられています。その特別なパン、すなわちイエスが昔のイスラエル人がひどく嫌うようになったマナになぞらえたパン、人に永遠の命を得させるものです。

 イエスは次のように教えられました。「わたしは命のパンです。あなた方(イスラエル人)の父祖は荒野でマナを食べましたが、それでも死にました。これは(イエスの命のパン)は天から下って来るパンであり、だれでもそれを食べる者が死なないためのものです。わたしは天から下って来た生きたパンです。だれでもこのパンを食べるなら、その人は永久に生きます。そして、本当のことですが、わたしが与えるパンとは、世の命のためのわたしの肉なのです」(ヨハネ6:48~51)。

 当時の耳を傾けた人たちの多くは、「命のパン」や「肉」の比喩表現の意味を理解できなかったかも知れません。イエスのその例えは極めて適切なものでした。当時のユダヤ人の文字通りのパンは日ごとの命を養う糧であり、それは、古代のイスラエル人にとって荒野で40年間マナが糧であったのと同じでした。マナは神エホバからの贈り物っでしたが、人に永遠の命をあたえるものではありませんでした。一方、イエスの贖いの死の犠牲、信仰を働かせる者に永遠の命を得させるものなのです(ヨハネ3:16)。ですから、イエスはまさしく「命のパン」なのです。

 だれでも、恐らくお腹がすけば、パン・食物に手を伸ばすでしょう。そして「日用のパン」を神エホバに感謝するでしょう。私たちは日常の美味しいパン・食物の糧を、ぜひ感謝するとともに、イエスの教えられた「命のパン」の価値を決して忘れないようにしたいものです。イエスの教えを守り行う人には、パンを食べる喜びをとこしえにわたって味わうという見込みがあるのです(ヨハネ14:15.申命記12:7)。

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       あちこちに 皇帝ダリア 目立ちおり 今日の一句

                                       庭のランタナに「ヒョウモン蝶」

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次郎柿とオレンジ色のジニア

2015-10-31 00:32:12 | 四季折々の花々

 こちらは次郎柿の産地ですが、

 無農薬栽培は、9月下旬までの長雨でほぼ全滅の被害となりました。

 しかし、頻繁に農薬を散布している次郎柿は被害を免れています。

 次郎柿はまろやかな甘さでとても美味しい柿です。

 「次郎柿」の名前の由来は前川次郎さんという方が、

 品種を改良したのでその方の名前が柿に付けられたのだそうです。

 今日は次郎柿とオレンジ色のジニアを紹介致します。

                                     美味しい柿原の「次郎柿」

                              ご近所の庭に長く咲いている「ジニア」

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あなたは、神エホバは喫煙をどう見ておられるかご存知ですか?(コリント第二7:1)

2015-10-30 23:45:50 | 神の言葉・聖書

 聖書を学ばれていない一般の方々も、喫煙の習慣は健康を害し、がんや心臓病や肺疾患等々の病気を引き起こすことをご存じでいらっしゃいます。さらに、喫煙者のみならず、家族や職場での受動喫煙の被害も多いことも知られています。そのため喫煙をするご主人が、ベランダや玄関先や庭に出て喫煙をする姿も見られます。喫煙による被害はどれほど多いのでしょうか。

 喫煙に起因する死者は増加しています。2014年には年間約600万人が死亡したと報告されています。タバコの喫煙の被害を調べている権威者たちは、「現在の傾向が続けば、2030年までには、喫煙による死者の数は毎年800万人に上ることになる」と見ています。また「21世紀末までには10億人が、喫煙のために命を落とす」と予想しています。命を落とすのは喫煙者だけではありません。タバコを吸わない人たちが受動喫煙をしてしまい、毎年60万人もの死者が出ていると報告されています。タバコの害は命を落とすことがない場合でも、家族内や職場や不特定多数の人の集まる場所で、非喫煙者は嫌な思いをします。家庭内では金銭的損失を招き、喫煙に起因する疾病に伴う多額の医療保険の支払いが生じています。そうした多額の医療保険費は、非喫煙者のすべてに影響が及んでいるのです。

 喫煙というこの流行病は、治療法を見つけようとして、政府機関や医師たちを必死にならせる流行病とはことなり、大いに治療の可能なものです。解決策はよく知られています。世界保健機構(WHO)は、「タバコという流行病は、人が100%自ら招いたものであり、諸政府と市民社会が力を合わせて取り組めば、終息させることができる」述べています。それなのに、政府機関や関係者が、危険な流行病に必死に対処するように取り組まないのでしょうか。

 個人的にはタバコの喫煙の被害は非常に大きいことを知りながらも喫煙の習慣を断ち切れない人たちも多いようです。悪い喫煙の習慣を断ちきった人たちの多くは、偉大な創造者エホバ神・命の授与者が、喫煙の習慣を否としていることを学び、適用しました。聖書は何と教えているのでしょうか。

 聖書は次のように記しています。タバコという言葉をこちいていませんが、注意深くお読みくだされば助けになります。

 「それゆえ、わたしたちにはこのような約束があるのですから、愛する者たちよ、肉と霊のらゆる汚れから自分を清め、神への恐れのうちに神聖さを完成しょうではありませんか」(コリント第二7:1)。

 上記の聖句の「肉と霊のあらゆる汚れ」と記されている、「肉」とは人間の肉体を汚すあらゆるものと、「霊のあらゆる汚れ」、つまり偶像礼拝や神エホバから出ない教えの偽りの教えのことです。そうしたあらゆる汚れから「自分を清める」ように勧めています。ですから、喫煙は体を汚すので、偉大な創造者は否とされていることが分かります。タバコの喫煙の習慣は、ニコチンによって重い依存症に陥り、ニコチン中毒による奴隷状態になります。つまりニコチン依存症によって、「自分を奴隷として」タバコに差し出す状態に陥っていることになります(ローマ6:16)。それは、神聖なものを退ける束縛状態であることを示しています。全地を治める至高者のエホバ神は、私たちを「神の像(かたち)」に創造された方であり、体を汚すだけではなく、霊おも汚すようになる習慣に繋がれないで真理の自由を歩むことを願っておられるのです(詩編83:18.創世記1:26,27.ヨハネ8:32)。ですから、人は偉大な創造者エホバに対する感謝の念や敬意が深まれば、お父さんエホバのために最善を尽くすべきこと、また命を奪う喫煙の習慣の奴隷となっていては、神エホバに最善を尽くせないことを認識するようになります。そのことを悟れば、有害な喫煙の習慣を断ち切ることができるでしょう。

 さらに、イエスは、隣人を自分自身のように愛さねばならないと、教えられました(マタイ22:39)。愛のある方なら、非喫煙者が受動喫煙で命を落としていることを知るなら、有害な喫煙の習慣を断ち切る助けになるでしょう。

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           吊り橋に 紅葉風景 美しや 今日の一句

                                     庭に咲いている「ホトトギス

 

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赤のカンナにランタナにヒョウモン蝶

2015-10-30 00:09:50 | 四季折々の花々

 カンナの花は夏から秋に咲いています。

 ご近所の庭にカンナの花が次々と咲いて真っ赤な姿を見せています。

 カンナの花は背丈が伸びて2m程度になって咲いています。

 カンナの花は大きく背が高いので遠くからも目立つ花です。

 今日は赤のカンナとランタナにヒョウモン蝶を紹介致します。

                                      ご近所の庭の「カンナ」

                              庭のランタナに来ていた「ヒョウモン蝶」

   

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