画像は40年近く前、友人と奥秩父を縦走した時に甲武信岳の頂上で撮影したもの。20代の友人と私(右)、二人共今の姿とは全く違う。雁坂峠から甲武信岳を経て三宝山まで尾根を歩き、毛木平へ下る二泊三日の山行。尾根路のアップダウンがきつかったのを覚えている。当時ニッカーボッカーを穿くのが当たり前であったが現在では登山用具店にはほとんど置かれていない。
先日、古い登山用具に触れたのは以下の連想を続けたことによるもの。
秋の気配→セプテンバーソング→ニッカーボッカーホリデイ(セプテンバーソングが歌われるミュージカル)→登山用具。
その頃9月になるとラジオのDJでは必ずと言ってよいほどセプテンバーソングが流されたが今では聴く機会はまったく無い。
ビリー・ホリデイのセプテンバーソングを聴く。左をクリックしてください。
先日、古い登山用具に触れたのは以下の連想を続けたことによるもの。
秋の気配→セプテンバーソング→ニッカーボッカーホリデイ(セプテンバーソングが歌われるミュージカル)→登山用具。
その頃9月になるとラジオのDJでは必ずと言ってよいほどセプテンバーソングが流されたが今では聴く機会はまったく無い。
ビリー・ホリデイのセプテンバーソングを聴く。左をクリックしてください。
そろそろ秋の気配が感じられるようになった。今年こそ忘れていた登山を再開したいと思う。40年ほど前私は山歩きに魅せられていた。それまで全く経験はなく、勤めていた会社の同期入社の友人に初歩から教えてもらった。彼は大学登山部の出身であった。一度丹沢山で足慣らしをしたあと、11月初旬島々谷から徳本峠を越えて上高地に入ったのが最初の山行であった。山歩きの楽しさと景色の美しさに夢中になり、以後月に1回のペースでその友人と出かけるようになった。しかし結婚を契機に登山する時間的余裕がなくなり現在まで至ってしまった。
画像をクリックしてください。そのころ使っていた用具の一部。靴(ダナー)は20年ほど前に購入したもの。ザックはアルパインデザイン、鳥打帽はセントアンドリュースのゴルフ用、自慢のニッカーボッカー2本 左英国製、右イタリア製。とくにイタリア製はスリムな裁断が気に入っていた。
当時アウトドアー、バックパッキング、エコロジー、フライフィッシングなどの言葉が使われるようになった。専門誌なども発刊されただ登山するだけではなく自然と慣れ親しむことの魅力が多く語られるようになった。
私も60代の後半を向かえ山歩きを再開できる最後のチャンスを掴みたいと思う。明日に引き伸ばすことはもうできないのである。
画像をクリックしてください。そのころ使っていた用具の一部。靴(ダナー)は20年ほど前に購入したもの。ザックはアルパインデザイン、鳥打帽はセントアンドリュースのゴルフ用、自慢のニッカーボッカー2本 左英国製、右イタリア製。とくにイタリア製はスリムな裁断が気に入っていた。
当時アウトドアー、バックパッキング、エコロジー、フライフィッシングなどの言葉が使われるようになった。専門誌なども発刊されただ登山するだけではなく自然と慣れ親しむことの魅力が多く語られるようになった。
私も60代の後半を向かえ山歩きを再開できる最後のチャンスを掴みたいと思う。明日に引き伸ばすことはもうできないのである。
後半は逆転、再逆転の攻防が続くスリリングな展開。画像はハーフウェイラインの手前からトヨタSOがペナルティーゴールを狙うが不成功。結局25対22と前半の得点差のままサントリーが勝利。両チーム合わせて6トライを挙げたが全部相手のミスによるもの。型をつくってからのトライは無し。ミスと反則の数と重大さが勝敗をわけた。まれに見る接戦であったが何か物足りない。
一部の観客のマナーが悪さが気になった。私の席の前に陣取った家族づれは全然ゲームなどみていない。大声でしゃべったり立ったり座ったりと落ち着きがない。果ては食べ物の奪い合いまで始まった。観戦の邪魔になることおびただしい。「試合を見ないのなら帰れ」と一喝したくなった。私が現役の頃(45年前)、観客は経験者やよく知っている人に限られた。両チームのファンは混ざって席をとり組織だった応援などしないでファインプレーには分け隔てなく拍手を贈ったものである。ゴールキックの際は全体が一瞬に静まり返って独特の緊張感に包まれた。そんな当時のラグビーだけが持っていた気高さは二度と戻って来ないのだろう。
一部の観客のマナーが悪さが気になった。私の席の前に陣取った家族づれは全然ゲームなどみていない。大声でしゃべったり立ったり座ったりと落ち着きがない。果ては食べ物の奪い合いまで始まった。観戦の邪魔になることおびただしい。「試合を見ないのなら帰れ」と一喝したくなった。私が現役の頃(45年前)、観客は経験者やよく知っている人に限られた。両チームのファンは混ざって席をとり組織だった応援などしないでファインプレーには分け隔てなく拍手を贈ったものである。ゴールキックの際は全体が一瞬に静まり返って独特の緊張感に包まれた。そんな当時のラグビーだけが持っていた気高さは二度と戻って来ないのだろう。