台湾に渡った日本の神々---今なお残る神社の遺構と遺物

日本統治時代に数多くの神社が建立されました。これらの神社を探索し神社遺跡を紹介するものです
by 金子展也

台中州 (能高郡埔里街) 埔里社

2011-08-11 19:17:03 | 台中州
鎮座日:大正15年(1926年)5月22日 祭神:祭神:大国魂命、大己貴命、少彦名命、能久親王、天照皇大神 鎮座地:能高郡埔里街(台湾製糖株式会社製糖所 埔里工場) 現在地:南投県埔里鎮公誠路27---台湾製糖工場の前 埔里街西郊製糖所内台湾製糖株式会社埔里製糖所 台湾製糖株式会社の企業神社は合計で8社が建立されたが、それ以外のもう一社はこの台湾製糖株式会社埔里工場に建立された。大正15年(1926年)5月22日に構内に神社を建立し、台湾神社を祀ったがその後埔里街に能高社(鎮座日:大正15年5月22日)が祀られたために、製糖所内の神社をその遙拝所とした経緯がある。 工場の守衛室で神社が建立された場所を聞いたところ、ちょうど工場の前の道路をはさんだ対面にあったと教えていただいた。樹齢100年位と思われる松の木が生い茂る小さな公園の奥にひっそりと石座が残っていた。良く見ると、本殿に向かう参道右横には鳥居の礎石の一部と思われる遺跡と手水鉢と思われる遺跡が残っていた。 本殿があった場所 手水鉢である
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