古い「日本のCQ誌」と「US CQ」を頂いてきました。
1960年から62年の物です。
日本ではJARLが社団法人としてスタートしました。
一方アメリカではトライバンドアンテナの標準となるTA-33が発売されています。
1962年アメリカで売られている日本の無線機はTRIOのJR-60と9R-59がOEMで売られています。
アメリカはと言うと既に記事も広告もSSBです。
竹竿アンテナの日本とタワーにビームのアメリカ、AMで電話級が出来たばかりの日本とSSBが主流になったアメリカ。
大きな差が有りました。
日本のCQ誌を見るとSSBの市販品は無く八重洲無線も「近くSSBエキサイターのキットを販売します」と広告が有るだけです。
しかし、この10年後には日本製の無線機が世界中に広がり始めるのであります。
日本とアメリカ、この時代を比べながら興味深く読んでいます。
私も67年、TA-33+TA-40Kをアメリカから帰国する人の
引っ越し荷物と一緒に送って貰いゲットしましたね
7メガはRDPですが威力はありました
私がCQ誌を買い始めた頃は無線には興味も無く、とにかく通販広告が目当てでしたが。(笑)
この頃ハイゲインはまだトラップ式のアンテナを出していません。
如何にモズレーが先進的で優れていたか良くわかりました。
TA-33を初めて見たのが1968年頃でしたがその大きさに驚いたものです。
この時代から10年、この10年が如何に進歩を遂げた時代なのか良くわかります。
真空管から半導体へ大きく進歩した時代ですね。
日本のCQ誌のコラムを読みますと、当時始まったばかりの電話級制度でHAM人口が増え始めた頃と相まって運用マナーの話などが掲載されています。
今も昔も変わらぬ内容で思わず笑ってしまうところが有ります。
空港入り口にある会社の寮に入った
落ち着いてから屋上に表題のアンテナと
マスプロ50メガ3エレ、7メガ・ダイポール
今思うと会社の設置許可も無く建ててしまった
時効ですから、許してもらおう
ハイゲインTH3jrはTA33より軽く
小型のローテーターで済んだ
サイクル20のピークでしたのでハイバンドは良かったでしょうね。
その頃の私は一生懸命になって受信機を造っていました。
まるで1960年頃のようです、でも良い経験でした。
そんな状態ですからHFのビームなど全く夢の世界でした。
何時かは私もDXと憧れたのはもう少し後になってからです。
日本では1961年のCQ誌にSP600JXが230,000円で広告が出ています。
とてつもない価格だったのでしょうね、ちなみの9R-59のキットの価格は14,350円と表示されています。
それでも当時は高価な受信機だったのでしょう。
時代を考えながらページをめくると面白いです、アメリカではこの時代すでにVHFもSSBになり始めています。
今見ると新鮮な感じがします・・・
アメリカ出張のお土産はプラモ
そしてインスタントコーヒーだったか
1USD=360JPYは凄いレートだったんですね
$500持ち出し限度とはいえ、一財産だもんね