8月のはじめ、北海道・旭川郊外にある
陶芸家・工藤和彦さんの工房を訪ねた。
3年ぶり、2回目の訪問。
大雪山系の麓、豊かな自然に抱かれるように
そのユニークな工房は在る。
家のまわりは豊かな森、ぜんぶ敷地内。
前回 訪れた時は
散歩していて、道に迷い
工房にもどれなくなったほどの深い森。
いろんな野鳥がいて、時折、カッコーが木を彫る音が
のどかに こだまする。
そんな自然の営みを感じながら、
工藤さんはうつわ作りに没頭している。
工藤さんは、北海道にしかない素材にこだわり、
土は、近くの剣淵町へスコップ持って採集に行く。
この土は、大陸からの風に乗ってやってきた、
なんと2億年前の黄砂が混ざった粘土。
古代から時間をかけて堆積した土は、
もちろん他の地域にもあるはずだが、
表出しているのが、ここだけなのだという。
ダイナミックな大壺。
大地の力。
日本の陶芸家の中で、すべて自力で土を採取して
作陶しているのはほんの2割くらいと言われるそうだが、
豊富にあるとはいえ、容易いことではないようだ。
自然のままの土には当然、異物も混入しているので、
まずはその除去作業、かなり根気がいることだろう。
そして、えんえん 練る作業。
本当は使いにくい土なのだそうだ。
もっといろんな選択肢はあるけれど、
この土が好きでしょうがない。
真剣に向き合っていれば、
この土の魅力を最大限に活かす道が開けるのではないか、
と信念をもって、いく歳月、
さまざまな技法を生み出し、
オリジナルの作風を作り上げてきた。
練り終わって、まとめて、
ようやくこれで ロクロの前に。
土に着せる衣、釉薬(ゆうやく)も
この地に自生する木から手づくりする。
ナラ、白樺、カラマツ . . .
ひと冬、ストーブで木を燃やし続け、
春までにとれる灰は驚くほど少ないそうだが、
それを素に釉薬を作る。
どんな配合から、何色に仕上がるか、
気の遠くなるような実験を繰り返しながら
出来上がったのが、今の作品たち。
これからも挑戦はつづいていく。
自分で道を切り開いていく人のエネルギーはすごい、と
つくづく思った。
作っている時は、周りに他人がいようが
お構いなしで、ものすごい集中力。
泉の底から泡が出るように、
工藤さんのからだから、次から次へと
うつわが生まれていく。
どれだけ作っても、
うつわ作りが楽しくてしょうがないのだそうだ。
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おおらかなデザインの大皿。
飾っておいても美しいけれど、
たっぷりのお料理も映えそう。
最近、工房内に設けられたギャラリースペースで
さまざまな作品を見ることができる。
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工藤さんは陶芸家であるけれど、
もう一つ、特別な一面を持っている。
「アール・ブリュット」の研究家であり、
アート ディレクターでもあり。
「アール・ブリュット」とは。
汚れのない純粋なアート、つまり、
「芸術的訓練や芸術家として受け入れた知識に汚されていない、
古典芸術や流行のパターンを借りるのでない、創造性の源泉からほとばしる真に自発的な表現」
(by ジャン・デュビュッフェ)
例えば、子供や精神障害者などの作るものには、
この定義にあたるものが多くみられる。
「アウトサイダー・アート」という言葉の方が一般的かもしれない。
この言葉には、" 正当な芸術からはみ出たもの "
のようなニュアンスが あるため、
欧州を中心に「アール・ブリュット(生 /なま・き の芸術) 」
と呼ばれる。
日本でもいくつか専門の美術館ができはじめ、
少しずつ知られてきたと思う。
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工藤さんは、昔、身障者施設の職員として、
陶芸を教えたりしながら、働いた時期があり、
その時に、教えるつもりがかえって教えられた、というほど、
自分の作りたい衝動を、純粋なまま作品に表す人たちに、
ずいぶん感化されたそうだ。
今でも工藤さんの師匠は、そういう源泉のような心を持つ人たちで、
その心は、器作りに熱中するその背中が物語っている。
工藤さんは数年前に、アール・ブリュットの大規模な展覧会の
アートディレクションも経験している。
アール・ブリュットのシンボルともいえる
「アロイーズ」(スイス人)の作品展、
東京、滋賀、旭川、と 巡回展すべてを動かし、
日本に一つの道すじをつけたといっても過言ではない。
旭川新聞には、何年にも渡り、
アール・ブリュットに関する執筆を続けている。
工房内には、工藤さんが見そめた
日本のアール・ブリュット作品がいろいろ置かれている。
とてもユニークで 精緻で、崇高で。
工藤さんの永遠の師匠、という言葉に共感できる。
国内外の専門家との交流、
アール・ブリュットの情報がここで得られるおもしろさ。
滞在中、たくさんの映像や本を見せていただいた。
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さて、そんないろいろを内包した工房のまわりには、
春から秋にかけて、様々な花が咲き乱れる。
工藤さんの奥さんが植えた花々も、のびのび育ち、
自然と一体になって、ほんとうに心地よい場所。
朝に咲く花、夕に咲く花、
色とりどり、あたたかい家族のもとで、
花たちも楽しそう。
滞在中、好きに花を摘み、
工藤さんの花器に、自由に生けさせていただいた。
工藤さん自身、花をよく生けるそうで、
最近、本格的に花の師匠のところで習い始めたこともあり、
すばらしい花ハサミを持っていて、使わせていただいた。
春の作品展の時には、大ぶりの桜を生けさせていただいた花器に、
お庭の桔梗、シャクヤクの葉などを。
素朴な野花は、小さい器にちょこちょこと。
自然豊かな場所では、何かを作りたいという気持ちが
ゆったり自然に湧き上がってくるので、
環境がいかに大切かを感じ取ることができた。
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この広い敷地には、廃墟となった温泉施設などがあり、
現在、工藤さんは作陶の合間を縫って、
その改修を進めている(自力で!)。
いつかそこにアール・ブリュット作品や
北の大地で生まれた芸術 を紹介できるギャラリー、
おいしいパンやコーヒーが楽しめるカフェなどを思い描いているようだ。
工藤さんの情熱は、きっと近い将来
その夢を実現させると思う。
私は、なにかわからないけど、心が満たされた。
そう、自分が信じた道は、多少の失敗があっても
簡単に放り出さず、他に浮気せず、
とにかくいろんな手だてを絞り出して
やるだけやってみると、道が開けてくる、
そんな希望を、北の大地で見つけた気がした。
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