山を流れる一筋の沢が
鹿の血で赤く染まった夜
私の中に一粒の種が落ちた
種はやがて芽を伸ばし
光で満たされると
いっせいに花を咲かせた
( 橋本雅也 作品集「殻のない種」より )
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彫刻家、橋本雅也さんの作品展が、
近くの禅寺、広誓寺(こうせいじ)で 先日 行われた。
橋本さんが彫った数点の花々は
かつて山を駈けていた一頭の鹿だった。
その骨や角をすべて使って、花を彫った。
橋本さんの苦しみ抜いた心に咲いた花たち。
骨や角だったと言われなければ気がつかないほど
精緻で繊細な花。
骨や角は曲げられないので、
そのままの形を生かして彫った。
骨から咲いた花たちの、柔和で気品ただよう表情は、
見る側の心まで清めてくれる。
それは、花の姿をした仏のようにも見えた。
橋本さんは、もともと骨や角などを彫刻の材料にしてきたそうだが、
材料のもとの姿と ちゃんと対峙しなければ、
という思いが強まり、知り合いの猟師さんに頼んで
鹿猟に同行させてもらうことになった。
そしてその夜、一頭の雌鹿が撃ち殺された。
雌鹿のお腹には、もう一つの命が宿っており、
二つの鼓動が夜の冷気に消えていく様を
橋本さんは、目の当たりにすることになる。
その時の思いを、写真集「殻のない種」で
せつせつと綴っている。
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受け取った命を、自分なりの方法で生かしたい、
と思うものの、
すぐに彫り始めることはできなかったと . . .
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その夜、心の中に宿った種が
ある日、光に満たされて
一斉に花を咲かせた . . .
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私は橋本さんの作品を拝見して
どの花とも目が合わないことに気がついた。
思うに、とても謙虚な気持ちで、
自分を消して、ただひたすら
鹿への供養と、花に託す命を彫っていったのではないかと思った。
花が正面切って魅惑してこない。
つまり、「どうでしょう、きれいでしょう」
という感じではないのだ。
自然に咲く花が無心に命を燃やすように、
橋本さんの花も、媚びず、おごらず、咲いている。
私は身を正される思いだった。
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お寺の、座禅堂での展示がまたすばらしかった。
企画してくださった方々に心から感謝します。
ここに掲載した写真は、すべて私が撮ったものです。
橋本さんの作品集の写真は、格段に素晴らしいです。
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