一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『動物園の昭和史』を読む。

2005-06-23 00:04:42 | Book Review
レッサーパンダが立った立たないや、それを「見せ物」にすることの是非で大騒ぎしている現在とは、まったく違った時代が、動物園とそこに生きる動物たちにあった。

一番有名なのが、上野動物園の雄のゾウ・トンキーであろう(土屋由岐雄『かわいそうなぞう』で描かれた)。
昭和18(1943)年9月23日、30日間エサを与えられずにやせ衰えたトンキーは、ついに心臓の鼓動を止めた。
それより以前、同年8月17日から21日までの間に、8頭の獣が「処分」されている。
この年、14種類27頭の動物が、あるいは毒殺、あるいは刺殺、あるいは絞殺と、さまざまな方法で殺された。
いわゆる「猛獣処分」である。

昭和16(1941)年8月11日、というから、まだアジア太平洋戦争の開戦以前から、その計画は立てられていた。
「已ムヲ得ザルニ至リテ処置スルモノトスル」
というのが動物園側が、東部軍司令部の要請を受けて、獣医部宛に提出した『動物園非常処置要綱』の一節。

これに基づき、戦況が不利になり、東京への空襲も必至となった時点で、「猛獣処分」が行なわれたのである(「危険動物の空襲時の措置あるいは事前措置」ととらえられていた)。

本書は、その「猛獣処分」の経過を中心にして、「I 戦争が近づきつつあったあのころの動物たち」「II 戦火のかなたに消えていった動物たち」の2章を充て、史料に基づき詳細に記述する。

さて、それでは国内には戦争のない今、動物は平穏に命の危機なく生きているのか、との問いが「III 平和になったのに殺されている動物たち」の章である。
そこでは、今いろいろの論議を呼んでいる動物園のあり方にも触れられている。

現在も、著者が述べているように、根本的に「動物観」や「人間と動物との共存」が、どのような形なら可能かということが問われているのであろう。

「ペットとしての動物に愛着を覚え、癒しを感じる」(川端裕人「かがく批評室」6月21日)向きにも、「野生の動物本来の行動、能力、習性といったものを『野生の尊厳』『生き物のすばらしさ』といった価値観のもとに伝えるべき」(同上)と思っている向きにも、環境問題の一環として動物と人間との共存を考えている向きにも、お勧めしたい書物である。

秋山正美
『動物園の昭和史』
データハウス
定価:1700円(本体1650円)
*初版発行時。現在は1733円
ISBN4887183038