一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『名人―志ん生、そして志ん朝』を読む。

2005-06-03 08:18:41 | Book Review
志ん朝への追悼としては、
CDのほかに、自伝本やビデオがないのは、都会人らしくいさぎよくてよかったが、せめて、あと十年、志ん朝の〈ことば〉を楽しみたかったと思う。六十三歳での死はいかにも早すぎる。
この喪失感がいつ消えるか、自分でも見当がつかない。
に尽きているであろう。

また第2章「古今亭志ん生」の評語としては、
戦後を本当に象徴する落語家は、実は、この人ではないかという強い思いを禁じ得ないのである。
の一文で充分であるかもしれない。

天才と時代を共にするのは、幸福なことでもあり、それが失われたときの不幸も計り知れない。
人によって、いろいろなジャンル、さまざまな人間の名前が挙がるであろうが、現在のところ、小生にとって、そのような天才とは、
 ピアノでは、マルタ・アルゲリッチ(最近、映像で見たが、老けましたねえ)
 ヴァイオリンでは、チョン・キョン・ファ
 ヴィオラでは、今井信子
であろう(ジャクリーヌ・デュ・プレは亡くなってしまった)。
歌舞伎では、六代目中村歌右衛門、二代目尾上松緑といったところか。

小生、高座では知らないが、子ども時代にラジオで聴いた志ん生は、理解を越えていた(子どもには、金馬の方が分り易かった)。であるから、晩年の志ん生しか知らないのが残念である。

個人的なことはさておき、著者にとって、それが志ん生であり、志ん朝であったことを、一種の痛みをもって述べた書であろう。

第4章「落語・言葉・漱石」は、いわば〈おまけ〉。
ではあるが、最近とんと聞くことのない、安藤鶴夫(「あんつる」)の名前が懐かしかった、と言い添えておこう。

小林信彦
『名人―志ん生、そして志ん朝』
朝日選書(朝日新聞社)720
定価:本体1,200円+税
ISBN4022598204