国民国家を乗り越えるために

1792年９月20日、フランス中北部にあるヴァルミーにおいて、ある事件が起こった。

ゲーテは言う。
「この日、ここにおいて世界史の新しい時代が始まった」
と。

オーストリア-プロイセン同盟軍３万４千が、革命を嫌い亡命したため、ほとんどの将校を失ったフランス革命軍３万６千に猛攻を加える。砲撃戦はまさにたけなわ、今にも崩れそうになったフランス軍から声が上がる。
「フランス国民万歳！」
まさに、この瞬間、フランス革命軍は、フランス国民軍として生まれ変わったのである。

それは「途方もない数の人々が（一風斎注・国民国家のために）自らの命を投げ出そうと」（B．アンダーソン）する時代の到来でもあった。

ヴァルミーの戦いの目撃者ゲーテには先見性があったが、しかし彼は、爆弾を抱えたまま戦闘機で敵艦に突っ込んでいく光景も、一つの都市を一発で焼き払う爆弾が、何十万人という市民の上に投下される光景も、想像できはしなかった。

ゲーテの言う「世界史の新しい時代」は、まだ終わっていないし、これからどのような次の新しい時代が始まるのかも定かではない。ただ言えるのは、「国民国家」を乗り越える方策を考える必要が、今ほど高くなっている時もないのではないか、ということだけである。