一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

新刊、旧刊とりまぜて
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『花火屋の大将』を読む。

2005-06-20 00:07:08 | Book Review
『絵具屋の女房 』でも『青い雨傘』でも、もっと古いところで『猫だつて夢を見る』でも『好きな背広』でも、丸谷才一のエッセイなら何だっていいんですけどね。
本稿では、彼のエッセイについて、その魅力を語ってみたいのです。

基本的には閑談なんですけど、閑談を趣味よくかつ面白く語るというのは、これはこれでなかなか難しいんです。藝が要る。
ここで、文学的歴史を振り返れば、伝統的な「随筆」というものは、歳時記な身辺雑記が多かった。この「随筆」には、あまり藝が要らないのね。どちらかといえば、作者のキャラクターで勝負という面が強い(『枕草子』『徒然草』まで思い浮かべる必要はないでしょうが、志賀直哉辺りを小生は考えています)。

しかるに、丸谷エッセイは知的好奇心を出発点としている。おそらくは、本朝でも珍しい部類に入るんじゃあないかしら。
もっとも、傍流ではあるんでしょうが、一方にはこういう伝統もあることはあるんです。『耳袋』や『兎園小説』などの江戸時代に始まる考証やゴシップ的な随筆ですな。この流れは、薄田泣菫の『茶話』などにもつながってくる。
この伝統をある意味では受けているんでしょう。
しかし、もう一方では、丸谷才一が推理小説好きだということとも関係がありそうです。

というのは、エッセイの藝の中に、謎解きという要素が入っているから、というのは短絡的でしょうか。しかし、そのエッセイ中には伏線も張られている、となったらどうでしょう。
『花火屋の大将』の例でいえば、「天童広重」なる一編。
山形県にあった天童藩は、禄高2万石の貧乏所帯。領内外の商人から借金をするのに、褒美というか利子というか、ともかく渡したものが広重の肉筆画。これを「天童広重」と称するそうです(300両の借金に3幅の絵!)。
そのアイディアを思い付いたのが誰か、というのが主な「謎」。
そこに伏線として張ってあるのが、天童の将棋の駒づくり(将棋の駒の生産は、幕末に入ってから盛んに、藩を挙げてという形で行なわれた、というのもヒントの一つ)。

こういう骨法を元にして、ゴシップ風味で味付けして、エッセイをものしているのだから、面白くならないはずがない。
長い間「オール讀物」誌に連載されているのも不思議ではないし、それだけ本朝の読者のレヴェルが高いのも心強い限り(だけど、けっして国語の教科書に載ることはないだろうね)。

これからも連載の続くことを期待します。

丸谷才一
『花火屋の大将』
文藝春秋
定価:本体1400円+税
ISBN4163586903